誰にも言えてこなかったのでいいます。 小学生のころ、絶対に間違えは許されないものだと思って生きていました。算数の問題を間違えたり、先生に怒られたりは何度もありましたけども。 自分の意見をノートに書き、それぞれ席を立ち友達のそれを自由に見る時間が授業でありました。 友達の書いたノートに、文字の抜け(凡ミス)などがあり、「他のみんなでも、間違うことがあるんだ!」と驚いた記憶が今も鮮明に浮かびます。 なぜ私はそのような思想だったのか、それは家庭環境にあるのではと思っています。 今もこの間違っちゃだめ、失敗を怖がるなどの気持ちは残っております…。
@匿名さん 今は昔よりものびのびとして、いい感じなのですね。いいてすね🙌🏻✨ コメントしてくださりありがとうございます🥲 自分は面と向かうとそんなに上手くエピソードを語れる人間じゃないんです。 でも、こうやってエピソード共有できてとても嬉しいです。ありがとうございます✨🙌🏻 ✨🤝✨
共感しました 私の父親も昭和の頑固親父だったので通知表やテストを見せると毎回怒られました 自分のために頑張るというよりは父親の為に…というのが多くなってきて高校からは寮生活を選びました 友人や先輩、先生は 「間違ってもいいじゃん」 「気にしたって仕方ないよ!次!次!」 って言ってもらえて涙が出るくらい嬉しかった?今までとは違った世界があるんだ…ってホントに思った 周りの環境が自分を変えてくれました 今は、穏やかに自由きままな感情で生きてます
あなたが小学生のころの経験を振り返り、その影響が今も続いていることをお話ししてくださり、ありがとうございます。小さな頃、完璧を求められる環境で育ったことが、今のあなたの思考にどのように影響しているのかを理解することは、とても重要です。他の友達のノートを見たときの「人には間違いがある」という気づきは、あなたが抱える不安や恐れを少し和らげてくれるものであったのかもしれません。 失敗や間違いを恐れる気持ちが続いていることは、自分を守ろうとする自然な感情です。しかし、完璧を目指すことで自分を縛ってしまうのは、時にストレスになり得ます。あなたが抱えるこの気持ちを理解し、少しずつ解放していくことができれば、これからの人生がもっと楽に、自由に送れるようになるかもしれません。完璧さを追求する代わりに、少しずつでも「間違いから学ぶ」視点を持つことが大切かもしれません。自分を許し、成長できるプロセスを受け入れることで、新たな気づきを得ることができるでしょう。あなたは一人ではなく、間違いを犯すことも、人間らしさの一部であることを思い出してほしいです。