長文投げます。 私は、何になりたいんだろう。 がんばって、そこそこいい高校に入って。 やっと、見下されることはないのだと思っても、それでも上はやっぱりいて。 高校の人たちは、みんないい人だ。 友達じゃない人にも優しくて、グループワークのときにも一緒に話してくれて。 可愛くて、かっこよくて、清潔感があって。 頭もいいし、運動もできるし。絵も上手い。 みんな、努力しているから。それが自然にできるから。 そんな環境に私が馴染めないのは、言語化してみれば当然だった。 そうだ、私には何もなかった。何もないのに、努力さえできなかった。 何もできない上に趣味も合わないんだから、話したくならないのは当然じゃないか。 みんな優しいから、常識があるから、私に酷い事はしない。 でも、時折視線が、誤魔化すような愛想笑いが、痛い。 私が悪いのだ。全部、全部私ができないのが悪いのに。こんな風に『私不幸です〜』みたいな文を書く自分がどうしようもなく嫌いだ。 もし、私がみんなと同じだったら幸せだったろうか。答えはNOである。 きっと、全部できても私は孤独だった。趣味が合わない空間にいるのが私は苦手だから。我儘すぎる。 私は何になりたいんだろうか。どうなったら幸せだったんだろうか。 こんなことを言ってるうちは、私は幸せになれない、というより自分の現状を幸せだと思うことができないだろう。
おつらいですね。 お気持ちよくわかります。 あまりご自身を責めないであげてくださいね。
@ももものももも ありがとうございます。 ちょっと気持ちが楽になりました。
なにか特別なものを持っている人は少ないです。 あなたがいうクラスメイト、彼女らも自分のことを恵まれているとは思っても特別なんて思っていないでしょう むしろあなたと同じで、なんで私にはなにもないのかな。と思う日があると思いますよ。 自慢でもなんでもなく、私はけっこうそれなりになんでもできます。 勉強も、スポーツも、楽器も、だれかの趣味となる娯楽も、ゲームも。やれば普通以上です。 ですが、それだけです。 なんでもできる?!いいことじゃないか。と捉えることも出来ますが、わたしは特別でもなんでもないので、誰かに絶対勝てるなんてものはないので、「人並み以上にできる」 わたしの取り柄はそれだけだと思っています。 あなたは勉強頑張ったんでしょう。世には頑張っても出来ない人がいます。頑張らない人もいます。頑張り方を知らない人や、頑張るなんてそんな考え方がない人だって大勢です。 そんな中あなたは理解して、考えて、悩んで、上を目指してる。 それだけでいいじゃないですか。 なにかで絶対に1位をとれる人は周りにいません。 1位は一人ですし、価値観によって変わります。 あなたは誰かにとっての特別になることが出来ます。 自分にとっての特別にもなれますよ。 もう少し、自分に優しくして、認めてあげてもいいんじゃないでしょうか。
あなたが抱えている気持ち、悩みについてお話ししてくれてありがとうございます。自分を他の人と比較することは、しばしば苦痛を伴うものです。特に周囲の人が優れていると感じると、自分に自信を持てなくなることがあります。しかし、努力の有無や能力の違いが、あなた自身の価値を決めるものではありません。 周囲の人たちがどれだけ才能や努力を持っているとしても、あなた自身にもかけがえのない部分があるはずです。もしかしたら、あなたの強みや特性はまだ見つかっていないのかもしれません。他人との違いを意識することで、自分のアイデンティティを見失ってしまうこともありますが、それは自然なことです。 「何になりたいか」や「幸せとは何か」は、多くの人が一生の間考えるテーマです。それを探し続けること自体が大切です。あなたが「我儘すぎる」と感じることも、自分の真の幸福を探索するためには必要なプロセスです。他人の評価や期待に縛られるのではなく、自分が大切にしたい価値観やビジョンを見つけることが、正しい道を見つける鍵かもしれません。 現在の自分を否定せず、少しずつでいいので、小さな幸せや満足感を見つけていくことをおすすめします。疑念や不安がなくならないときも一緒に寄り添っていきます。その中で、あなたがどんな存在でいたいのかを徐々に見出していけるかもしれません。あなたの人生には、きっと独自の輝きが隠れています。