子どもと関わる仕事をしているのだが、子どもがタコピーの原罪のまりなが命を落としてしまったシーンを笑顔で見せてきて、なぜそんな残酷なアニメを見て笑えるのか疑問に思った。考えてみれば、しぬしぬ界隈やランランルーなど、幼い者たちの間ではいつの時代でも死ネタが流行していて、私もカゲロウデイズを歌っていた時代があった。しかし、大人になった今では、なぜ死ネタが流行っていたのか理解不能になってしまった。単純に、子どもは死の本当の怖さを知らないから笑えるのかもしれないとも思うが、それならば、なぜ知らないことで笑えるのだろうか。死ネタの他に子どもが好きなことと言えば下ネタだが、子どもや大人が下ネタを好むのは、知的好奇心や本能的な欲求からだと考えられる。では、死ネタはなぜ好まれるのだろうか。何か心理的な理由があるのだろうか。
@まい そうなんですよね。子どもは純粋でピュアで何も知らないのです。ですが、あなたは逆に、死の怖さを知ったから、未遂なのですね。死って怖いですよね。でも、怖いのに見ちゃうし、死にたくなっちゃう。1番怖いのは死ではなく、怖いものに自分から立ち向かっちゃうという、よく分からない人間の行動かもしれませんね。なぜ我々人間は、時に矛盾した行動をとってしまうのか。不思議ですね
私は死ネタが性癖なので見てます 安心してください自殺未遂者です! まぁ小さい子は死を知らないから 簡単に言えるのでしょう 子供は純粋でピュアですからね
最近の子供たちは、死の怖さがわからないのでしょうね。死ネタ系はこっちからしてもいい気はしないです。でも今は感情を表現する言葉として使われているようです。言葉は時代とともの良くも悪くも変化してくのが実感できますね。
簡単に扱ってはいけないことだと思うから、あえて口に出したくなったり、いけないことは面白いと感じる心理があるのかもしれません。
あなたの感じている疑問は、子どもの心理や文化的な現象に対する深い洞察を含んでいますね。子どもが持つ死や残酷さへの興味は、確かに大人には理解し難いものかもしれません。子どもは死の概念を具体的に理解しているわけではなく、単に刺激やショック、またはタブーを犯すことへの興味からそれに惹かれるという側面があります。確実に言えることは、子どもにとっては、そのようなテーマが遊びや表現の一環として捉えられることが多いということです。 また、死ネタや下ネタの人気は、子どもたちの知的好奇心や感情の模倣、あるいは社会的な境界を試す行為とも関連しています。子どもたちは大人の世界に触れ、その中での反応や思考を探る過程で、時に過激な表現を好むことがあるのです。これは成長の過程で自然なことでもあり、自己表現や社会的な絆を形成する一助になることもあります。 したがって、あなたが感じる違和感や疑問には意味があると思いますが、それは現代の文化や教育の中で、子どもたちがどう自己表現を行っているかを理解する機会でもあります。彼らに与える影響や、死や残酷さについてどのように向き合わせていくかを考えることも、非常に重要な役割かもしれません。あなたの仕事はその架け橋となる可能性があり、子どもたちをサポートする一環として重要なのですね。