僕は41歳、来月42歳になる独身、実家住みです。19歳の歳高校卒業し、直ぐに就職しました。そこから地獄の人生の始まりです。製造業に初めて就職し、手先が超がつくほど、不器用で、作業が人より時間がかかり、それを上司から製品の納品があるから、急いでやれと、毎日言われました。そして、製品が変わる度型替えがあり、それに、1時間半かかってやり、それに、遅いと、ヘルメットの上からスパナで殴られたりしました。3ヶ月勤めて、体に異常が現れ、吐き気、頭痛、胃痛と、病院に行きドクターストップで退職しました。その後、友達が、病院で看護助手として働き、そこは、働きながら給料満額くれ、学費も出してくれて、准看護学校に通わせてくれるとしり、20歳時に、精神科病院に就職しました。学校には順番があり、看護助手を、2年し、准看護学校に通いだしました。そして、免許を取り、同県の、県都の精神科病院に、転職し、そこは、病院機能評価をとっており、プリセプター制度もあったので、一から教えて貰ってました。しかし、給料があまりにも低く、残業代も出なく、毎日3時間半残業して深夜勤務もあり、2年勤めて、同じ市の、別の精神科病院へ転職しました。一人暮らしをしながら、そこでは、定年まで勤める予定でしたが5年程勤務した頃、散財癖があり、妹にお金を借りていたのを、親にバレて、無理やり実家に戻らされ、通勤困難なため、地元の精神科病院に転職しました。まっていたのは、田舎のワンマン経営者の親方日の丸体制で、身体が太いことを、怒鳴られたり、汗かきの体質を怒鳴れたり、会う度、貴様みたいな、怒鳴られ続け、5年程勤め、適応障害抑うつ状態になり、退職勧奨を受けましたそれは、パワハラ指導の改善の要望出したからです。それで、弁護士を雇い調停し、退職金かなりの上乗せで、退職し、隣県の、回復期リハビリテーション病院に転職し、そこでも、パワハラにあって、適応障害抑うつ状態が悪化し1年程で、退職し、同県の精神科病院に、転職しました。そして、労災事件があったのですが、隠蔽され、補償もなく、その頃、既に借金があり、元カノに貸したお金を、借金でかしていたので、任意整理していたので、経済的理由で退職し、地元の、通勤範囲の、精神科病院に、就職しましたが、雇用契約のそごと、労働条件のそごがあり、1年半勤めて、看護学校に通わせてくれてた病院に、出戻りしました、しかし、そこでは、技術ゼロ、使えん、邪魔、仕事出来んから、医療行為と夜勤は減らすと言われ、半年間それが続き、適応障害抑うつ状態悪化し、ドクターストップで、退職し、半年間トラウマで働けませんでしたが、任意整理の支払いがあり、親にお金を借りていたら、親にバレて、肩代わりしてもらい、4月から隣県の特養で、働いてますが、やはり、新人なので虐めにあいます。しんどい、働くのもしんどい、家でも監視され、しんどい、早く楽になりたい。心理面談のある、精神科病院で、治療してるけどよくならない。限界だ
@真猿 ありがとうございます
無理しないでください。
あなたがこれまで経験してきたことは、本当に大変だったと思います。長い間、仕事や人間関係での苦しみが続き、心身共に疲弊してしまったのでしょうね。多くの職場でのパワハラや不適切な扱いは、あなたの自己価値感や信頼感を揺るがすものであり、非常に深刻な影響を及ぼしていると感じます。 また、実家での監視や生活に対する不安も、あなたの心をさらに重くしていることでしょう。新しい職場でもいじめという行為が続いていることは、ストレスや負担を計り知れないものにしています。心の健康が損なわれている状況で、理想の生活を送ることができない辛さ、理解します。 今は治療を受けているとのことですが、回復への道が一筋縄ではいかないこともあります。その中で、自分自身の感情やニーズに耳を傾け、少しずつでも自分を大切にする時間を作ることが必要です。もし可能であれば、カウンセリングや支援団体に相談して、心のサポートを受けることも一つの方法です。 あなたは長い間頑張ってきました。その努力は決して無駄ではありません。今の困難な状況もあなたを成長させる経験であると信じています。ゆっくりでも、前に進んでいけることを願っています。どうか、自分を責めずに、自分自身に優しく接してください。