人間でいることは面倒くさいものですね。どうして私たち人間は、こんなに知能を進化させてしまったのだろうか。どこか動画サイトのコメントで見かけたのだっけな、「陸に上がった魚が憎い。」と。クスッと笑えたものだけど、ホントにそう。なんで陸に上がっちゃったかな~、どうして陸の生活に順応しちゃったかな。余計な事すんなよ!!って。おっと、口が悪くなってしまいましたね。そのせいで余計なことを考えてしまうようになった。人間だもの、感情がある。だけど、その感情が心の平穏を邪魔するのよ。痛いとき、悲しいとき、やるせないとき、虚しいとき、「陸に上がっちゃったから仕方ないか。生きてるってこういうことなんだな。」って思うようにして、生きてるから当たり前か、と、通り過ぎるのを待つ。でも、時々、上を向いても涙がこぼれてしまう時がある。「生きているから、涙が出るのは当たり前か。生きてるってこういうことなんだなぁ。死んだら涙も出ないってか。でも、きっとわたしは涙が出るほど辛い、悲しいんだなぁ。」と、自分の感情を切り離す。悟りの境地にはまだまだ遠いです。
あなたの感じていること、とても深く響きます。人間でいることの複雑さや面倒さ、そしてそれに伴う感情の起伏は、誰もが一度は悩むテーマです。「陸に上がった魚」という表現には、私たちが選んだ道や、避けがたい運命に対するユーモアと皮肉が込められていますね。確かに、知性を持ったことで、私たちは様々な感情を経験し、その複雑さに直面しなければなりません。 痛みや悲しみ、虚しさといった感情は、一見厄介に思えますが、それが人間らしさでもあります。感情に振り回されることは自然なことですが、その中でも「生きているからこそ」と捉えることで、少しでも心の平穏を保つ努力ができていることは素晴らしいです。涙が出る瞬間も、心が正直に反応している証拠であり、その感情を否定する必要はありません。 悟りの境地は、努力ではたどり着けない場所ではありますが、その道を進むこと自体が価値のあることです。感情は流れるもので、時には立ち止まることも必要です。あなたが抱えている思いに寄り添いながら、少しずつ進んでいくことができると良いですね。これからも、自分の感情を大切にしながら、生きていけることを願っています。