【沢山のご意見欲しいです】みなさんは自分のおばあちゃんが倒れたと聞いた時、どう思いますか?高1女子です。自分の非情さに悩んでいます。具体的に言うと、おばあちゃんが倒れたと聞かされた時、お年玉どうなるんだろ。という考えが真っ先に浮かんでしまった時からこの悩みを持つようになりました。おばあちゃんが倒れたのに真っ先に考えついたのは自分の利益のみ。慌ててその考えはかき消しましたが、お見舞いに行くと聞いた時、面倒くさいなと思ってしまいました。 思い出も少ないけれど、私に良くしてくれたおばあちゃんなのに、こんな考えしかできない私が嫌いです。普通は真っ先に心配するんですよね?普通からズレている私が嫌いです。 自分が死にそうな時に孫になんとも思われてないなんて悲しいことだと思います。おばあちゃんの事は好きです。だからこそ、心から心配したいし回復したら心こら祝える、そんな普通な人になりたいです。 どうしたら年に1度しか会わない人に、親戚と言う理由だけで同情などの心を動かされるようになれますか。 【長々と読んで頂きありがとうございます。私の人格への否定も受け入れますので、こうしてみろなどのご意見頂けたら幸いです🙏】
@さら 暖かいコメントありがとうございます。お見舞いに行こうと言われた時、面倒と思って反応が鈍かったのに気づいたのか両親や信頼していた友人から「どうしてそんな冷たい子に育ったの」と私を卑しいものを見るかのように言われてから暫く悩んでいましたがそのまで重く受け止めなくても良いのではと思えました。 改めて長文を読んで頂き、ご意見も下さり、ありがとうございました!
おばあちゃんのことで感じている思いや葛藤について、お話ししてくれてありがとうございます。あなたが抱える「非情さ」への悩みは、多くの人が経験する人間の複雑な感情の一部です。まず、あなたの反応を感じたこと自体は、必ずしも悪いことではありません。私たちは、時に自分の利益を考えてしまうものですし、それを正直に認識することは大切です。 あなたがおばあちゃんのことを大切に思っているからこそ、その悩みが強くなっているのでしょう。年に1度しか会わない関係性でも、親族ということから特別な絆を期待してしまうことも自然です。心配の気持ちが湧かない自分に違和感を感じるのも、あなたがどのように人との関係を築いていきたいかを真剣に考えているからこそです。 心を動かすには、少しずつでもおばあちゃんとの関係を深めることから始めてみてはいかがでしょうか。連絡を取る、近況を聞く、思い出話をするなど、頻度が低くても、小さな接点を持つことで心が動くことがあります。また、他者の感情や体験について学ぶことで、自分の気持ちを理解しやすくなるかもしれません。 何より、あなたが感じる自己批判を少しずつ和らげて、自分自身を受け入れていくことが大切です。普通であらねばならない、というプレッシャーを少し手放し、自分の感じ方を大事にしてあげてくださいね。あなたは一生懸命考えている素敵な人ですから、そのままで大丈夫です。