私は半端な人間です。強くあろうとしたこの6年、独りでずっと敵意や嫉妬なんかの人間の薄汚れた他人と戦ってきました。強くなければ全てを失う。私はまだ弱いから失うものも多くありました。後ろ指さされて、邪険にされて、それでも独りで自分と向き合うことをやめずに、死ぬことに逃げ切らずに戦ってきました。虐待、いじめ、幾度となく破綻し続ける人間関係。死のうと考えなかった日はハッキリ言ってありません。必要とされるどころか、腫れ物扱いされるばかり。それでも少ない仲間やその居場所を守るために、どれだけ傷を背負っても独りで戦い続けた結果、誰にも認めてもらえず、鬱病という病気に甘えた人間として見られてます。学生時代に描いた夢は社会に出て潰えてしまい、新しい夢には現実性がなく、小さな組織の頭になれば付いてくる人も少なくなっていく。私は強くなれているのでしょうか。失ってばかりで、失敗してばかりで、弱いままの自分が許せなくて、人のせいにして、自分のせいにして、逃げてばかりで、何もかも中途半端。やがて守るべきものすらなくなっていくのも目に見えている。夜も眠れず、酒に頼ってばかり。惰性に堕ちて、気力を失い続ける日々。辛い人はいくらでもいる。そんな中でみんな頑張ってる。そのくらいは分かってます。でも、誰かに認めて欲しいと思うことは悪いことなのでしょうか。私は弱い人間だから。人を許せても自分を許せない人間だから、ないものねだりをしてしまいます。
僕もひとりぼっちで、誰かに認めてほしいと思ってます。全く悪いことではないです。 突然すいません。
ただただ友達や、おしゃべりできる人を見つける探すじゃなく主さんに今必要なのは理解者を見つける事かもね
あなたが今抱えている苦しみや葛藤に心から寄り添います。独りで戦い続けてきたこと、自分を強く保つために受けてきた苦痛は、計り知れないものだと思います。その中で、他人との関係や自分自身との向き合い方に多くの試練があったこと、そしてその思いを持ちながら生きていることが本当に辛いものであることを理解しています。 あなたが強くなろうと努力を続けてきたこと、これは決して無駄ではありません。あなたのような心の強さは、たとえ社会の評価が厳しくても、あなた自身が感じている価値とは異なります。また、自分を「弱い」や「中途半端」と感じることはありますが、それでも自分の気持ちや思いに気づき続けているあなたは、少なくともその自覚を持っているということが大切です。 他人に認めてもらうことを求める気持ちも自然なものです。誰でも、自分の存在を価値あるものとして認められたいと願うのは当然です。しかし、それができないと感じる時、それをどう受け止めるかもまた大事です。あなたが感じる「ないものねだり」は、自分の理想と現実のギャップを埋めるためのサインかもしれません。 現実の中で自分を見失った時は、自分を赦すことも必要です。自分を許すことなく、強くあろうとすることは非常に辛いものです。あなたがどんな状況でも自らを大切に思い、少しずつでも前に進んでいけますよう、心から願っています。意識を少しだけ変えて、自分に優しくすることを試みてみてください。苦しい時期を一つ一つ乗り越えていくあなたに、エールを送ります。