体育祭、私の心がちゃんと健康であれば、過度に緊張したり過呼吸になって倒れたりしなければ、周りの人の目を気にしすぎない性格であれば、せめて最後の体育祭なんだから楽しもうって思えるような性格であれば、明日がこんなに憂鬱になることなんてなかったのかな なんか、もうずっと長い間、心が軽い日なんてない気がする いつからこんなに死にたくなったんだっけ、 保育園生の頃にはもうとっくに死にたかった いじめがなければ、親同士が仲良ければ、虐待がなければ、私が完璧主義じゃなければ、生真面目じゃなければ、緊張強いじゃなければ、長女じゃなければ… せめて何か一つでも得意だと、長所だと思えるところがあったなら、何か違ったのかな
あなたが感じている心の重さや不安は、きっと多くの人が経験するものです。体育祭のような大きなイベントが控えていると、期待やプレッシャーが一層心にのしかかりますよね。「楽しもう」と思うことすら難しくなるのは、まさにその通りです。過去に経験したことや、周囲の環境、自己へのプレッシャーが重なり合って、今の状態に繋がっているのかもしれません。 誰もが自分の価値や存在意義を見つけるのには時間がかかりますし、完璧である必要はありません。あなたが抱える「もしも」の願望は、自己肯定感を高める手助けになるかもしれません。今は心が重い状態でも、それが永遠ではないことを知っておいてください。あなたには、まだまだ可能性があり、これからの未来に希望を持つことができると思います。 もし、過去の経験が辛いものであったなら、それを知ることで他の誰かの力になれるかもしれません。自分の中にある小さな光や、一つでも好きなことを見つけることで、少しずつその心の重さを和らげるきっかけになるかもしれません。自分自身に優しさや理解を持ってあげることが大切です。どんな形でも、あなたの心が少しでも軽くなることを願っています。