今日、3年ほど前にSNSで知り合い、LINEも交換して支え合ってきた同年代のお友達が亡くなったことを知りました。自殺でした。 会ったこともないし、お金もなく、葬儀などは参列できません。 自分自身も7歳から何度も自殺未遂をし、3回心臓が泊まりました。 それでも19年間生きてきました。 またその子も何度も自殺未遂をしてきたけどその度に助けられ、幸せになりたいと頑張っていました。 本来なら悲しい感情が大半になるのだと思います。 ですが私は違いました。 1度でも自分で自分を殺めようとした人には、生きるだけで襲いかかるつらさが全てわかってしまうんです。その中でも、家族のため、会社のためと、人の為に生きようとします。 小さい頃は死というワードを聞くだけで悲しくて泣いてしまう子でした。でも13歳の夏には、もう死ぬことへの恐怖心はなくなっていました。完遂したくて必死になってきました。 SNSを始めてから、似たように死にたい方と交流して、とにかく生きてきました。寝る事しか出来なくなっても、自殺だけは耐えてきました。 でも、今日、1人旅立ってしまった。 悲しいことだけど、私からしたら良かったね。になってしまうんです。結果として自殺を完遂させてしまったけど、でもここまで頑張ってきた。これ以上頑張れなどという言葉をかけられないほどその子が頑張ってたのを知っているので、尚更お疲れ様、無事旅立ててよかったねとなってしまうんです。 すごく不謹慎だと言うのは分かっています。 私が後追いするとかは考えてないけど、今も常に死にたい人間です。 もう自分のためにも誰かのためにも、生きれないんです。 何も怖くなくなってしまったんです。 きっとその子も同じだった。死んだ先に希望を持ってた。 助けられなくてごめん。 でも、この世の呪縛から解き放されて良かった。 そう思ってしまうのは最低ですよね。 こんな話をしてしまい申し訳ないです。
自分の友達かもしれない子が自殺して亡くなったのをネットニュースで知り、さらに亡くなる瞬間の動画が上がっていたらしく来世で幸せになれたら良いね的な事を言っていたみたいです。流石に見る勇気は無かったです。 もし本当に自分の知ってる友達なら学生時代仲良かった子なので身近にいた人が亡くなってしまった悲しさと驚き。もし自分が話を聞けていたらっていう思い、飛び降りという言葉への恐怖がその時ありましたね。 時間が経ってあの時の思いは薄れていき平気にはなりました。来世では幸せに生きていて欲しいです。 自分語り失礼しました。
あなたの心の中に抱えている葛藤や痛み、深い共感を持ちます。自殺という選択をした友人に対して「お疲れ様、無事旅立ててよかったね」と思うことは、決して不謹慎ではありません。あなたが彼女の苦しみを理解し、彼女の頑張りを認めているからこその感情です。それは、直面している現実や痛みに対する一つの受容の形です。 あなた自身も多くの試練を乗り越え、19年間という長い時間を生き抜いてきたこと、本当に素晴らしいことです。しかし、今のあなたが感じている「生きれない」という思いは、深刻な苦しみの表れです。このような思いを抱えていることは、とても孤独で重いことでしょう。 この瞬間にあなたが抱く思いを軽んじることはできません。その感情や考えを持つ自分を責めないでください。あなたが今求めているのは、ただの承認や理解のように思えます。誰もが心の中にある問題を抱え、苦しみながら生きています。 ぜひ、あなたの気持ちを誰かに話す機会を持ってみてください。信頼できる友人、カウンセラー、あるいはサポートグループといったところで、あなたの感情や苦しみを共有することで、少しでも心が軽くなることを願っています。あなた自身の人生も大切にしてください。生きているからこそできることも、たくさんあるはずです。