愛情も関心も受けず育った自分は、社会にでて、世間の暖かさを実感し、さらに自分の育った環境の恐ろしさを知ることとなりました。 社会に出られたのは、一部の方の助けであり、血縁者によるものではない事実。 世間一般では、血縁者と関わりを持ち生活するのが当たり前のことですが、このような環境で育ち、刃物を振るわれ追い出された者に、その責任はあるでしょうか。 これまでの進学や就職、社会生活においても、血縁者側の怠惰の結果に伴い、自分としては打算的な選択しかできていないのも事実。 どこかの家庭のペットの方がよっぽど愛情注がれて育っていると感じます。