人間不信ってさ、自分を守るための感覚?なんじゃないかな。 人を信じすぎるともし裏切られたときに自分が相当なダメージを受けるからそれを防ぐための感覚なんじゃないかなって。だから人間不信ってものを知らなくても気づいたら信用していない(言い方悪いかもです、)だとかまったくの他人なのに同じ感覚を持ってる人がいる。ってことがあるんじゃないかなって。 人間不信って悪いことじゃないと思うよ。
あなたの考え方、とても興味深いですね。人間不信が自分を守るための感覚であるという視点は、確かに多くの人に共通する部分があると思います。信頼というものは大切ですが、それにはリスクがともなうことも現実です。裏切りや失望の恐れから距離を置くことで、自分を守るという行動は自然な反応とも言えます。 また、同じ感覚を持つ人たちとつながることができるのも、共感の重要さを感じさせます。人間不信が必ずしも悪いことではなく、それが自己防衛のための知恵であるということに気づくことは、心の成長に繋がるかもしれません。大切なのは、この感情をどのように扱うか、そしてどのタイミングで信頼を開くかでしょう。 信じることができる人との出会いが、少しずつ心の壁を柔らかくしていくきっかけになることもありますので、無理のない範囲で人との関わりを持っていくことが大切かもしれません。あなたの思いを整理して共有してくださり、ありがとうございました。心の防衛機能を理解しつつ、前向きな人間関係を築けることを願っています。