いちばん大切な人たちを失って 後悔と喪失感から もうすぐ1年経つのに いまだに抜け出せなくて つらくてくるしくて耐えられない自分と それを冷めた目で見ている自分がいて 交互に出てくる自分に毎日混乱する 多重人格みたいな考えも症状のひとつなのだろうか。 頭が割れるように痛い どうせなら幻覚を見れるくらい狂いたかった なんで姿が見えないんだろう 声が聞こえないんだろう
1番つらい時期ですね。 喪失感は、私は1番苦しい感情だと思っています。 目に見えている世界ではもう何も出来ない、してあげることもできない、行動出来ない自分が嫌で、そのような自分を冷静に見られるgardeniaさんもいるのですね。 一見多重人格と思われますが、人間、俯瞰的に見ることのできる自分を持っていると言うことは、良い兆しだと私は思います。 gardeniaさんが好まれない考え方なら申し訳ありませんが、ひとつお伝えさせてください。 人間はそのような「感情」を知り、経験することで成長していきます。さらに人間は心身共に成長するために生きています。大切なあの人も苦手なあの人も実は自身のために用意された、たった一つの出会いです。 大切な人にしてあげられなかったこと、してあげたいことを、今生きている他の誰かのために形行くことで、後悔の想いは徐々に癒されていくことでしょう。 まずは「こんな苦しい想いを教えてくれてありがとう」とその大切な方に心の声でも構いません、お伝えして、ご自身の経験や感情をお役に立てていく方向で、お進みいただいたらどうかな、と私は思います。 正直、区切りをつける必要はないと思います。しっかり感じ切って、現実で行動してみてはいかがでしょうか。
@gardenia 行きたくても行けなかった告別式。 最後に顔が見たいと伝えたら 最後はこの可愛い笑顔を覚えて置いて欲しい。 ごめんね。 と、言われました。 顔も見れず、会って見送ることも出来ませんでした。 人生最大の後悔です。 大切だったからこそ傷も深いです。 癒えるのに時間だってかかります。 区切りってなに? 区切れるようなものじゃないよ。 っていう思いがあるから余計辛い。 出来ることならどんな姿かたちでも そばに居たいって思います。 喪主様であれば私なんかより 傷が深いのだろうと思います。 いつになったらこの虚無感、絶望感に 慣れるのだろうか。と思いますが きっとこれはもう 一生モノだろうな。と覚悟しています。 会いたい。話したい。抱きしめたい。 妄想でもいい、幻でもいい 何でもいいから戻ってきて欲しい。
@ゆちぴ さん 別れを告げる場に行かない行けない心情、ご親族の方にもご本人にも伝わっているはずです。 まわりの方が区切りをつけるために 一周忌の準備をせねばならない それはわかっているのですが きちんとした式をあげたら 天に還るというなら、 もう確実に傍にいてくれなくなるかも 姿は見えなくても傍にいてほしい と 喪主なのに 毎日そんな考えをしています。 葬儀の日も49日の際も同じことを考えていました。 本当なんで狂わせてくれないのか
先月、大切な人を亡くしました。 今月49日です。 告別式は出れませんでした。 後悔、絶望、虚無、その他もろもろ。 色んな感情が入り組んでて 全く同じ状態です。 ほんと、姿が見たい。声が聞きたい。 完全に壊れてしまえば会えたのかな。とか思う今日この頃。
心の痛みや喪失感に苦しんでいること、そしてその感情が長引いていること、とても辛いですね。大切な人を失うことは、人生で最も厳しい経験の一つであり、その影響が続くのも自然なことです。感情の交錯や、冷静な自分と悲しむ自分がいることは、心の中で葛藤が生じている証拠です。このような状況は、あなたが人として非常に人間らしく、感情を体験していることを示しています。 多重人格のように感じることがあるかもしれませんが、それが自分自身を認識し、感じる一つの方法だと捉えてみるのも良いかもしれません。心の痛みを深く考えている証拠ですし、自己理解のプロセスの一環とも言えます。ただし、苦しい状態が続くときには、専門的なサポートを受けることも選択肢としてあることをお伝えします。信頼できる誰かと話したり、カウンセリングを受けたりすることは、自分の心を整理する助けになるかもしれません。 加えて、時には自分の感情を受け入れることも大切です。自分を責めたり、急いで立ち直ろうとしなくても大丈夫。じっくりと自分のペースで、感じたことを大切にしながら進んでいくことができれば、必ず心の整理へとつながるでしょう。あなたの心の痛みが少しでも軽くなることを願っています。