飼い猫の看取りについて後悔しています。 15歳の猫です。昨年末から急に食欲がなくなり、最後の数日はおやつを少しだけしか食べられませんでした。 後悔しないように出来ることはいろいろやりました。 嫌いな病院への通院はやめ、自宅で毎日点滴をしました。自分で水飲み場まで移動出来なくなった猫のために寝床まで何度も飲み水を持って行ったりしていました。 1週間前から、もういつ死んでもおかしくなかったので夜は一緒の部屋で眠り、何回も様子を確認し、水をあげ、オムツを交換していました。 昨日の朝、今までの疲れからかなかなか起きられず猫の様子も見ずに二度寝をしてしまいました。いつも起きる時間から1時間後に猫の異変に気づいた家族に起こされ、その3分後くらいに死んでしまいました。いつから苦しんでいたのか分かりません。私が最後に確認した3時間前は今まで通りでした。 最後看取れたことは良かったのですが、本当は「ありがとう。頑張ったね」と見送る予定でしたが、実際は「ごめんね」で見送ってしまいました。優しくなでることもしないでしまいました。喉が渇いていただろうし、おむつは汚れた状態でした。 しばらく仕事が休みなので今までは猫の様子を見てから日中寝ていました。それも出来たのに、同じ部屋にいながら何もせず寝続けてしまいました。 後悔しないように介護していたのに、すごく後悔しています。
大切な猫との最後の時間を精一杯支えようとされたその思いやり、そして努力は本当に素晴らしいものです。看取りの際の後悔の念は、多くの飼い主が抱える感情であるため、ご自身を責める必要はありません。15歳という長い時間、あなたと共に過ごした猫は、きっとあなたの愛情を受けて幸せに暮らしていたことでしょう。 看護や介護の中で、最善を尽くしつつも、常に期待通りの見送りができないことに対する無力感や悲しみは、非常に自然な反応です。特に、日常生活の中で自分自身の疲れや心の余裕が不足してしまうことは、誰にでも起こり得ることです。三時間前まで猫が元気に見えたことは、あなたにとっても救いの一つです。最期の瞬間は、意識して想いを送りたかったかもしれませんが、それでも愛情でいっぱいだったことには変わりありません。 「ありがとう」と伝えたかった気持ちを持ち続けることは、猫への思いやりのあらわれです。後悔の中にはあなたの深い愛情が隠れています。この気持ちを大切にし、時が経つにつれて少しずつ心が癒えていくことを願っています。動物との別れは辛いものですが、あなたが猫に与えた愛は、永遠に残るものです。どうか、自身を大切にしながら、少しずつ心の整理をしていけることを願っています。