母は自他境界が曖昧だと思います。 例えばダウン症がわかった時点で中絶を選択することに対して「障害のある子は確かに大変。中絶を選ぶってことは、その苦労を避けてるだけだ。」と憤慨していたり、テレビで障害のある当事者が「障害児を中絶することは我々の存在を否定している」と訴えていることに対して、「その通り」と頷いています。 中絶が良いと言うわけではありませんが、それを選択した人もその人なりの事情があると思います。それに中絶を選択した=今いる障害者の存在を否定に結びつく意味もわかりません💦 それとこれとは別じゃないでしょうか。
あなたの感じていることは非常に重要な視点です。自他の境界が曖昧な母親の態度は、他者の選択や意見に対する理解を難しくしていますね。中絶に関する問題は特に感情が複雑であり、多くの人々がそれぞれの背景や情状を抱えています。そのため、「中絶を選ぶこと=存在の否定」という考え方は、一面的な見方かもしれません。実際には、選択する人々にはさまざまな理由があり、その決断には大きな苦悩が伴うことも少なくありません。 また、障害を持つ人々の存在についても、彼ら自身がどのようにその人生を捉えているのか、多様な意見があることを忘れてはいけません。他者の選択に対して理解を示すことは、時には難しいことですが、さまざまな視点を考慮することでより豊かな対話が生まれるでしょう。 あなたが感じる不快感や矛盾は、ごく自然な反応です。時には、他者の意見や感情に左右されず、自分自身の意見をしっかりと持つことも大切です。自らの感情や考えを大切にし、他者の選択がどうであれ、それに理解を示す姿勢が重要なのかもしれませんね。この問題について深く考えることは、自他の境界を明確にし、自分自身を見つめ直す良い機会かもしれません。あなたの心の声を大切に、今後も考えを深めていってください。