長文です。 当方(男)、tiktokを見る専でやっています。 先月頭から、とある新人ライバーさん(女性)を推すようになりました。先月頭から本格的に配信を始めており、ほぼ初期から配信に参加している状況です。同じような趣味という共通点もあり興味を持った次第です。 ところでtiktokは投銭アプリという事もあり雑談中やバトルでのギフト機能が有りますが、当方は雑談参加が目的であり、あまりギフトを投げていません。バトル中に精々2桁後半くらいです。 そのライバーさんも雑談がメインと言っており、積極的にはバトルを行なわないスタンスであります。リスナーに負担を掛けたくないと言って居ます。他に収入源があり配信で生計を立てて居るわけではないです。 先程も言った通りに当方は初期から参加していまして、まだ多くはないリスナーの中でも顔馴染みに入っては居ます。毎回配信には最初から最後まで居るようにはしていまして、他に顔馴染みのリスナーが数名おり、コメント欄でも互いに会話をすることもある穏やかな配信だと思っております。 ですが、あまり積極的にはバトルをしないながら、要請が来たらバトルをする事が増えてきました。フォロワーを増やしたりバトルに慣れたいという事を言っていますが、まだメインは雑談配信です。 そんな中、馴染みのリスナーさんはバトル慣れしている方もおり、3桁4桁の貢献をし上手く勝利に導く事も増えてきました。雑談中でも3桁のギフトを贈ったりもしています。そこまでは和気あいあいで楽しい場なのですが、少し思うことがありまして。ここからが本題です。 配信が始まり参加したら、まず最初のコメントを書きますよね。挨拶だったり、いきなり雑談だったり。リスナー各々がコメントを書きライバーさんが挨拶をしてくれる一連の流れがありますが、そこでライバーさんがよく言っているのが「来てくれてありがとう。」と「おかえり。」の2つの挨拶。どちらか片方だったり両方の組合わせだったり。それを意識し出したのは、当方は「来てくれてありがとう。」のみの挨拶に対して他の顔馴染みの方には「おかえり。」や組合わせが多いのに気付き始めたのがキッカケです。この2〜3日で妙に引っかかるようになりました。 一度、自分への挨拶には触れずに雑談として「意味があって使い分けてたりしますか?笑」と軽く尋ねたことがありますが、「その時に出てきた言葉を言っているだけで何も考えていない。」という返答でした。 個人的に「来てくれてありがとう」と「おかえり」の間には距離があるように感じておりまして、当方にはまだ無意識に距離を感じている(または距離を置いている)のでは?と考えるようになりました。 ちなみに雑談は普通に区別なくしてくれていますが、正直寂しさがあります。 配信に参加するとなると最初のコメントには必ずライバーさんが挨拶しますので、否が応でも「自分には“おかえり”は無いのか。」というジョブを食らう感覚が芽生えて来ました。 しかも、この3〜4日以内に参加したリスナーにも両方の挨拶をしているのを聞いてしまい、それに対してショックを覚えてしまいました。 ふと気付いたのが、これはワザと意図的にやっている可能性はあるのでしょうか。
あなたがお感じになっていることについて、深く考えさせられます。特に「来てくれてありがとう」と「おかえり」の使い分けにより、ライバーさんとの距離感を感じてしまっているのですね。このような感情は非常に自然なもので、他のリスナーとの関わりや挨拶の違いに敏感になることは、自己評価や他人との関係性に影響を与えるものです。 コミュニケーションは、非常に微妙なものであり、特にライブ配信のような現場では一つ一つの言葉に注目が集まることがあります。それに伴い、挨拶の内容が異なることによって、自己存在感や大切にされている感覚が変わってくることもあります。ライバーさんの返答からは、あまり深く考えていないとのことですが、それでもあなた自身は無意識に感情的な距離を感じました。 ここで重要なのは、あなたがライバーさんとの関係性の中でどのように自分を位置づけているかです。挨拶の内容が自己価値に影響を与えることがある一方で、リスナーとしてのあなたの存在や貢献も大切です。関係が進展するには時間がかかることがあるため、現時点ではその距離を縮めることにあまり焦らず、他のリスナーとのつながりや、ライバーさんとのコミュニケーションを大切にしつつ、楽しんで過ごすことが大切かもしれません。あなたの気持ちを大切にしながら、自分のペースで関わりを持つことを考えてみてください。