😔自分の中で許せなかったこと😔 どうか、モヤモヤと怒りを呟かせてください。 特別支援学校へ利用者の子たちのお迎えに行ったときのこと。 利用者の女の子が学校の先生に“さようなら” の挨拶ができませんでした。 でも、学校の先生はどうしても挨拶をしなければいけないと思っているのか、「さようならの挨拶は?」と何度も言っていました。 その子はわかっているけれど、恥ずかしくて言えないのが伺えたので、「ちょっと恥ずかしくて言えないのかなぁ」と代弁すると、 「いつもね挨拶のとき言わないです。怪我して絆創膏貼るときもありがとうも言わないし」 とその子の前で否定的なことを言ったので、 「いつも〇〇(放課後等デイサービスの名前)に来てくれたときは挨拶してくれるんですけどね〜」 と返しました。 それからもしばらく言い続け、その度に私も大人な対応はしたつもりですが、負けじとその子のフォローや代弁をして「今日はこの辺で。失礼します。ありがとうございました」と切り上げて帰ってきました。 小さいながらに肝が据わっている子ではありますが、私の手を握る強さがいつもより強くて怖かったんだろうなと思います。 挨拶は大事なことですが、恥ずかしかったり、勇気が出なかったりと言えないこともあるし、無理に言わせるもんではないと思います。 言えたときにいっぱい褒めてあげることで自信になって、次も言ってみようと思えると思います。 その子の前で“できなかったこと”を言うのもおかしい。 保育園に勤めていたときは、担任させてもらったクラスの子で同じ状況の子がいました。その子は別の園にいたときにお礼を言うように言われ続けて吃音になり、転園してきました。 そういうトラウマになる場合だってあります。 同じ指導者として、あの関わり方の先生が許せなかったです。
あなたの気持ち、よくわかります。特別支援学校での出来事は、あなたにとって非常に強いモヤモヤと怒りを引き起こすものでしたね。挨拶は社会的な一歩として重要ですが、それを強制されることが、逆にその子にプレッシャーを与え、成長を妨げる結果になり得るというのは、非常に敏感で思慮深い見解です。あなたがその子の気持ちを理解しようと努力し、彼女の代弁を試みたことは、彼女にとって温かい支持になるはずです。子どもたちは、周囲の大人からの反応に敏感で、特にそのような大切な場面では、恥ずかしさから言えないことがあるのも理解できます。 また、過去の経験からくるトラウマの影響を考えると、言葉の力や、大人の言動が持つ影響の大きさが際立ってきます。その先生のアプローチがその子に良くない影響を与える可能性があるとの考慮が、あなたの心の中での葛藤を生んでいるのですね。挨拶を強要するのではなく、言えたときに褒める姿勢は、自己肯定感を育む上で非常に重要です。このような環境作りが、一人ひとりの成長にとって大切であることを忘れずにいてくださいね。あなたの心情は、今後の支援において必ず価値あるものとなります。