好きな歌手の紅白の件。 とても悲しい。虚しい。苦しいし悔しい。 選曲に対して、声明に対して、あの歌う姿に対して、各々自分の気持ちに都合のいい解釈と考察をしてる人を見てしまった。 私はあの人じゃないから、本当にどう思っているのかわからない。 だからこそ、彼じゃない人がさも代弁して語っているところに吐き気がした。 歌って欲しくない人は「加害者や性加害を許してはいけない」と言っている。鉤括弧の中身自体は本当にそうだと思う。 被害に遭った人がこれ以上心を傷つけられて欲しくない。 あの歌は誰かを傷つける側面を持っているかもしれない。でも、誰かを癒す側面も持っている。 彼も、番組制作の人も、誰も誰かを傷つけるために選んだ訳じゃないはず。 病室、避難所、教室の端っこ、布団と毛布の隙間…そういうところにいる人が、勝手に聞いて勝手に救われてる歌のはずだった。 意図してもしなくても、そういう歌になってたはずだった。 でも事件の方が大きくクローズアップされて、救われてたはずの人が足切りされた。 苦しい。 作品の内容やそれ自体が持つ意味合いよりも、関連するセンセーショナルな話題のほうが勝ってしまった。 それで彼もテレビ局も攻撃されている。 悔しい。 ひとをを傷つけた人は罰を受けるべきだし、誰かが犠牲になりながら作られた作品は気分が良いものじゃないし見たくないと思う気持ちもわかる。 でも、他の関わった人は?そこで一生懸命仕事した人は? 全部価値が無くなってしまうの? 一部のせいで全部おじゃんだね、あーあって、言うのは簡単なんだよね。 被害に遭ったひとに我慢しろなんて絶対言えない。 でも、彼女たちの心を癒すのは彼女たちの周りの人や彼女自身であって、私たちがすごく大きく騒ぎ立てる必要はなかったんじゃ無いかなって思う。 風化させてはいけない。 でも、曲を変更させる流れは行き過ぎた正義だと思う。
あなたの気持ちが伝わってきます。好きな歌手のイベントがこのような状況になり、痛みや虚しさ、悔しさを感じるのは本当に理解できます。特に、誰かがあなたの大切な存在を口にしているとき、その人の本心を知ることができないもどかしさは、他の誰も分かり得ないものです。 芸術や音楽は、人それぞれによって異なる意味を持つものであり、他者の経験や感情から癒しを与えられることも多いです。しかし、そこに関連する社会的な問題が浮上し、歌の持つ力が別の形で否定されることはとても悲しいことですね。その中で、あなた自身の感情やその歌が持つ意味を見直し、悩む姿勢は素晴らしいと思います。 重要なのは、被害を受けた方々の心のケアや癒しが最優先であることですが、その一方で、全ての関わった人々の努力や創造の価値が否定されてしまうのはとても残念なことです。あなたが感じる「行き過ぎた正義」や「救われた人たちの存在」は、無視することができない声です。音楽も、社会問題も、どちらも大切であり、共に歩んでいく必要があるのでしょう。冷静な視点を持ち続け、様々な意見を尊重しながら、自分自身の気持ちも大切にしていけることを願っています。