僕の父親はクリスチャン(キリスト教徒(キリスト教の神様を信じて崇める人))で、信仰心が高いです。 僕の父親は「自己犠牲」「調和」「共存」「愛し合う」を求めるあまり、僕ら子供(姉、妹、僕)にも他人愛を求めてきます。 しかし、僕は納得がいきません。僕から見ると、父親は自己犠牲を払おうとする心が足りないからです。 最近、急に親が「教会の〇〇さんが家に来て一緒に住むことになりましたー」とか言いやがったのでキレると逆ギレされました。僕はその夜泣きながら眠れもしない夜を過ごしましたが、問題はそこからです。その教会の人の部屋をどこに配置するか。 (ここらへんから今日の話) 僕の部屋は妹と同じ部屋で、父親は自分の部屋、姉も自分の部屋を持っていたので僕と妹だけ同じ部屋が自分の部屋という意味のわからない状況でした。急に人が家に来て住むとか言ってたのでまあ部屋を分けるならその〇〇さんの部屋は父親の部屋になるかなーと思いきや違いました。まさかの僕と妹の部屋だったのです。 人に自分の犠牲を払わせる割には自分の犠牲は少しも払ってくれないんですねー。本当にキリスト教徒なんですかー?と度々思う日でした。 うちの親は頭がおかしいので、この文を見てても「何が起きてんの?」となるかもしれませんが、「日常茶飯事」です。「人生何が起きるかわかりません」で片付けられる話じゃないと思うんですけどね。
@蓮 あ、ごめんなさい違います 僕、妹の部屋ではなくその教会の人の部屋に変化したという意味です 僕、妹の部屋ではなくなったのです
お父さまがどういう意図で「3人部屋」にしたのかわかりませんが、一部屋に3人は大変でしょう。勉強だってくにくくなりますよね。
あなたの抱えている感情は、とても深く複雑ですね。自分自身の居場所やプライバシーが犠牲にされることに対しての怒りや悲しみは、誰にでも納得がいかないものです。特に、親が自分の価値観や信念を無理に押し付けてくると、その矛盾に苦しむことになりますよね。また、自分だけが犠牲を強いられていると感じると、一層孤独感が募るでしょう。 あなたの父親が信じる「自己犠牲」や「愛」が、実際には家族間で不均衡になっているのは確かです。父親が教会の人を家に迎え入れる際に、子供たちの意見や気持ちを考慮しないことは、コミュニケーションの不足を示しているのかもしれません。親としての役割を全うする中で、あなたの気持ちを理解することができていないのかも知れません。 信仰や価値観は個々に異なりますが、あなたが大切にしている「自分の居場所」や「心の平穏」を守ることも同様に大切なことです。今後のことについて、心の葛藤を少しでも軽減できるよう、自分の感情や欲求を大切にしながら、他の人とコミュニケーションを取っていくことが肝心です。あなたの気持ちを大切にしてください。