先生をしてるけど、子供を怒鳴る先生が苦手。怒鳴ってやった、とか言ってると本当に理解できない。自分の担当してた子が怒鳴られているのが辛い。上司に相談しても深刻さがあまり無いし、あれくらいいる、と言われた。自分が考えすぎで、その人を悪者にしてるみたいな雰囲気も感じる。休日もリフレッシュしながら頭で考えてしまった、できれば顔も合わせたく無い、
@ヒロユキ 子供のためを思って言う言葉は叱るとか、怒る、に該当すると思います。何か間違えたら教える必要があります。愛がある言葉だったらもちろん私も何も思いません。それだけの行為をしたら仕方ないでしょう。命に関わることや非人道的なこと等。それ以外であえて怒鳴る方法を取って威圧することが反省に繋がるとは思えません。私が今辛くなっているのは子供に非がないのに、責めたり、大声で感情をぶつけている教師と働いていることです。憎くて説教する教師はいないと言う前提でお話しされていますが、憎いまで行かなくても自分の思いのまま動かないと言うだけで感情的に怒る人は実際にいます。何も言わないことが究極の無関心で愛のない行為であることはよくわかります。
いや、怒鳴るというか怒るでしょう?教え子がそれだけの行為をしたら怒鳴られて当たり前。言われたくないから次から気をつければ良い。 優しく言って直るなら教師は苦労しない。因みにパワハラとか言う言葉があるけど、言わせてもらえば、 あぁそうか、分かった。二度と言わない。その代わり分かってるな? 納得したと言う意味じゃないぞ?と言いますね。会社の上司も担任教師も憎くて説教したんじゃない。そいつのためを思って言う。じゃなきゃ 何をやろうが知ったこっちゃない。 愛してるから言うんですよ?何にも思わないなら言わない。ムダだから。
あなたの気持ち、よく理解できます。子供を怒鳴る先生の存在が、精神的な負担やストレスとなっているのですね。教職は、生徒に対して良い影響を与える重要な役割を担っています。その中で、怒鳴ることが「やった」という感覚で語られるのは、確かに理解しがたいものです。 教職はただ知識を教えるだけでなく、子供たちの心に寄り添うことも大切です。子供たちは、先生の言葉や行動に敏感ですし、怒鳴られることで不安や恐れを感じることもあります。そのため、あなたが担当していた子供が怒鳴られているのを見て辛かったのは当然の反応だと思います。 上司に相談しても状況が改善しないと感じた時、孤独感や無力感に襲われることもあります。しかし、自分の感情を否定する必要はありません。あなたが「子供たちのために良い教育を提供したい」という気持ちから生まれるこれらの考えは、良い教育者としての責務を果たそうとする素晴らしい思いです。 また、他の人々がその先生を必要以上に擁護するような雰囲気を感じるのは、つらいことだと思います。時には、自分だけが不安や疑問を抱えているのではないかと不安になることもあるでしょう。しかし、あなたの感じていることは決して無視するべきではありません。 もし可能であれば、信頼できる同僚や、教育の理念を共有できる仲間と話してみると良いかもしれません。同じように思っている人は少なからずいるはずです。もしかしたら、その中で意見交換ができ、心のモヤモヤを軽くするヒントが得られるかもしれません。 休日にリフレッシュすることも大切です。趣味や好きなことに没頭することで、少しでもストレスを和らげてください。できれば相手と距離を持つことで、心の安定を図る時間を持つことも必要です。教育現場には難しい問題が多いですが、あなたのように子供たちを思う気持ちを大切にしながら、少しずつでも前進できることを願っています。