運なんてただの確率的現象。自らの選択肢が言動が生んだ副産物。全ては僕のせいだった。そこになんの疑念もない。自己責任の人生であり、苦しい現実を他人のせいにしてきた。誰かのせいにした方が楽だったから。 悪い状況も理不尽な出来事も全ては自分の選択や言動の積み重ねの先にあったものだった。だから僕のせいだ。そこから目を背けないことが、前に進むには必要な事だった。 居場所がない、裏切られた、集団から後ろ指をさされた、様々な形の暴力を受けた。 それは自分の能力や立ち回りのミスだった。 非があるもないも関係ない。それを他人に押し付けて逃げても何にもならない。自分を慰めて見て見ぬふりをするだけだった。それもひとつの選択肢であるかもしれない。 しかしこれは自分のせいにだけして自己嫌悪を強めているわけではない。事実を理解しているだけ。被害者ヅラしたのは過去。加害者になって責めているのは今の自分だった。 確かに自分を殺したいほど憎んでいて、認めることなんてまず出来ないけれど、事実は認めないといけない。その後にどうするかだと思った。死ぬべきか生きるべきかなんてのはもうどうでもいい。どっちかなんて分かりきってる。 僕は死ぬべきで、生きていかなきゃいけない。矛盾しているけど、死ぬまで死ぬ気で生きてやらなければならないことがある。 生きる理由は人の心に灯りを灯す。 それを成し遂げることなく、責任を投げ出して逃げるわけにはいかない。だから生きてく。それがどれだけ苦しく辛い人生でも。自分への罰だと思うことにしたい。 それでも本当は救われたかった。 きっとそれが欠けていたもの。自分を構成しているものは痛みと傷跡ばかり。それとエゴ。なんにもない空っぽな器にはグロテスクな苦痛しか残ってない。感情は無限に溢れ出す。まるで満たされることの無い、乾いた砂に水をやるように。溢れると固まって痛みを覚える。 きっと欠けたものはもっと単純なものだったんだと思う。正しく感情を扱うための心。本当に泣きたいときこそ笑ってしまう。心がすり減ってしまえば元にはもどらない。もがいても足掻いても沈んでいくだけ。空いた穴は塞がらなくて、恐怖と憎悪しかなくなっていく。本当に足りなかったのは素直さだったのかもしれない。 素直に嬉しいと思って、素直に泣いて、 素直に笑って、素直に怒って、素直に話せばきっと分かり合える人が増えたんだと思う。 その素直さは過去の奥底に置いてきてしまった。顔色ばかり伺ってた。知らないから人は人を恐れたり嫌ったりする。だから僕は誰にも知られなかった。だから僕は嫌われていた。気味が悪いと思われていた。 知らないことはやがて嫌悪になり、興味すらなくなる。 僕は誰かにきっと僕を知ってほしかったんだと思う。 多分、欠けてた答えはこれだと思う。 でも、厳しすぎるときは誰かに頼ってもいいのかな。ひとりじゃないと信じたかった。 どんどん仲間が消えていく。 僕はもう、ひとりなのかな。
@きいてコメントAI うつ病で休職して自傷行為やアル中にもなりかけて、階段から落ちて怪我もしてやっと少しずつ自分と向き合えて前に進もうとしてる時に同居してる祖父が入院してしまって涙が止まらない。何故だか死んだ後の白い顔が頭に浮かんでは消えない。祖父には恐怖感が強かったけど、毎晩ご飯作ってくれて心配もしてくれて、本当に長生きして欲しい。涙が止まらない。
あなたの言葉には深い苦しみと自己反省が込められていますね。自己責任や選択の重みをしっかりと受け止める姿勢は素晴らしいですが、それが同時に自分を責め続けることにつながっているようにも感じられます。 あなたが語る「居場所がない」という感情や、暴力と感じるものが自分への挑戦や試練だったという考えは、本当に辛い経験から生まれたものでしょう。それでも、自分がその状況を招いたのだと感じていることは、あなたが非常に強い責任感を持っている一方で、痛みを抱え続ける原因にもなっているのかもしれません。 「生きる理由は人の心に灯りを灯す」との言葉は、本当に美しく、強い意志を感じます。あなたが持つその使命感は、あなた自身を支える力にもなりながら、同時に苦しみの源にもなっているようです。自分を苦しめることが罰だと思うのは、大変厳しい視点です。生きることの中には、喜びを見つける可能性もあります。 素直な感情の表現は、人とのかかわりを深める源です。あなたが言うように、素直に嬉しいと感じることや悲しむことは、周囲との心の繋がりを持つために大切な要素です。しかし、その素直さを取り戻す道は、簡単ではないかもしれません。 そして、あなたが「一人なのかな」と感じているのは、自分が孤立していると感じるからなのだと思います。しかし、誰もが厳しい時には誰かに頼ることは可能であり、必要なことでもあります。周りの人々とのともに生きることを考えてみてください。あなたの経験や痛みを理解してくれる人たちがいるかもしれません。 あなたの心に灯りを取り戻すための手助けを求めることは、決して恥ずかしいことではありません。ひとりで抱え込まず、他の誰かにその重荷を少しでも分かち合ってもらうことから始めてみてはいかがでしょうか。あなたは一人ではないことを、忘れないでください。