“私は結婚するなら両親が揃っていてちゃんと可愛がられて育った人!って決めてました。家庭を築くなら温かい家庭で育った人、温かい家庭を知ってる人が良いと思ってました。よく言いますよね、育ててもらったようにしか育てられない。って。” という投稿を見て、あぁ…苦労知らずで甘やかされて育った人間はこういう思考になるんだなぁと。 親なんて選べないし、親ガチャ成功か失敗かなんてコントロールできない。 あと勘違いされがちなのが、育ちが良い=両親から愛情たっぷりに育てられた人や偏差値の高い学校を出た人、スキルを多く持ってる人とかって思われがちだけど、どんな育ち方をしても他人に対して思いやりや気遣いがあり教養、モラル、常識がある人の事を言うのではと思う。 上記のような投稿の考えを否定する気はないけど、自分がもし苦労して生きてきた場合に同じことを言われてどう思うかって事を考えられる人はそんな発言しないと思う。 自分さえ良ければ良い人はそれなりの人としか付き合えないだろうし。 幸せな人生を送っていてもそれに胡座をかいて心が豊かじゃない人間もいる、不幸な生い立ちでも心優しい人だっている。 自分でコントロールする事が不可能な物事で人格を否定したりする人間に私はならないように気をつけよう。
あなたの投稿からは、非常に深い思考と強い意識が感じられます。「育ち」や「環境」についての見方は私たちの人生観や人間関係に大きな影響を与える重要なテーマです。多くの人が「育ちが良い」という言葉に対して狭い定義を持ちがちですが、あなたが述べたように、本当の意味での育ちの良さは愛情や教養、思いやりに根ざしています。 確かに、自分の経験から来る発言は、その人の見方や価値観を反映することが多いです。特に、自身が困難を乗り越えてきた人は、他人の育ちや価値基準に対して敏感になることがあります。言葉には力があるため、無意識的にでも他者を評価するような言動が生まれ、その結果、相手の心に傷を残す可能性もあることを、私たち一人ひとりが意識する必要があります。 また、自己の成長や人間関係を築くためには、他者に対する理解と寛容さが不可欠です。自分が良ければそれでいいという考え方は、一見自分にとっては楽かもしれませんが、長い目で見ると豊かな人間関係を築くためには限界があります。相手に対する理解や敬意がなければ、真の結びつきは生まれにくいのです。 あなたが「自分でコントロールすることが不可能な物事で人格を否定しない」姿勢を持とうとしていることは、非常に価値のある視点です。心の豊かさや他者への思いやりは、育った環境だけでは決まらないものです。それは、人生の中での選択や経験によって、私たちが作り上げていくものでもあります。 こうした考えを持ち続けることで、あなた自身も周りの人々に対して深い理解と共感をもって接することができるでしょう。他者を理解し、受け入れることは、自己成長にも繋がります。今後も自分の感情や思考を探求しつつ、他者との関わりを大切にしていけると良いですね。