私にとって小さい頃からずっと家族が一番の宝物で、家族が大好き…

匿名

21歳

2024年11月29日 9:25

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私にとって小さい頃からずっと家族が一番の宝物で、家族が大好きで、ずっと一緒にみんなでいたいと思っていました。 しかし8歳の頃から父と一緒にくらせなくなり、そのころからだんだんと母は壊れていきました。私は母を支えたくて、洗濯物をたたんだりなどの小さくてもできる家事を学校から帰ってきて母がパートから帰ってくるまでの間に毎日するようになりました。母に笑って欲しくて、家では何も知らないバカで元気な子供のふりをして、ずっと笑顔でいるようにしました。 でも子供の私じゃお母さんを支えることができなくて、優しかったお母さんがだんだん壊れていくのをただみることしかできなくて、私では母の支えになることはできなくて、そばに居るのが私じゃなくてきっとお父さんだったらお母さんのことを精神的に支えれたんだろうなって… 壊れていった母は父に外見も中身も1番似ていた私を兄弟の中でも特別嫌うようになりました。母はよく私の顔を見るにたえない気分を害する気持ち悪い顔と言いました。私が近づくといつも機嫌が悪くなりました。私は自分のことをどんどん嫌いになりました。泣くとうるさいと言われもっと殴られたり、たたかれるので、私は泣くのを我慢するようになり、泣かない子供になっていました。悲しくなるとそれを隠すように無理に笑う癖がつきました。夜中にたまたま目が覚めてしまったときがありました。暗い部屋の中で、台所の方から話し声がして、起き上がって、静かに台所の方に行くと母は父と電話をしてるようでした。内容を聞くと、母は父が子育てをおしつけて、逃げたことに対して怒っていました。これを聞いた小学生のときの私は、自分が母の重荷でしかなかったのだと思いました。自分が生きている時間が長ければ長いほど、食費や学費など、お金もどんどんかかってしまう。家族のために早く死ななければと思って、何度も死のうとしたが、結局怖くて死ねなかった。大切な家族のために死ぬことも出来ない自分が憎くて、怖いと思ってしまう感情が邪魔で、最初から生まれていなければ感情もなかったのにと何度も思った。 母は私のことを見てくれなくなった。愛してくれなくなった。私は母に自分のことを見て欲しくて、愛されたくて、家事、勉強、スポーツなどいろんなことを頑張りました。私は2年遅れで兄と同じ習い事をするようになりました。私は1年で兄の習っている範囲を大きく越し、賞状などをもらいました。母に自分を見て欲しくて、ただひたすら頑張ったのですが、私のせいで兄が自信をなくしたと、怒られました。それからも母が私を見てくれることはなく、頑張っても全部無駄なんだと思いました。大学は自分のバイト代で受け、入学金や授業料など全て免除してもらう形でなんとか入学することができました。私は一人暮らしを始めました。大学に上がってからは母にゆうちょ銀行の通帳を渡し、私はカードをもっていました。ゆうちょ銀行には私のバイト代と奨学金が毎月入っていたのですが、そのほとんどは母が使っていたため、私は毎日1番安い豆腐や食パンばかりたべたりしていました。母が全ておろしてしまうため、家賃や光熱費がちゃんと引き落とされず、あとからよくハガキが届いていました。その頃は母も兄弟もバイトをしておらず、私しか働いておらず、母たちは私のお金と祖父母のお金で生活していました。妹は今年で宅浪3年目、兄は仕事をやめて1年ほどずっと家にいます。母は他の兄弟にはお金は私からもらうからバイトなどしなくていいと言って、働くことをとめていました。母は祖父母のクレジットカードを使いすぎて、使えなくなり、祖父母からまったくお金が貰えなくなると私の銀行からおろす額も頻度も多くなっていきました。母たちはお金がないといいながら実家に帰ると新しい服やカバン靴、家具、アクセサリー、たくさんのものを置いていました。母にお金をおろされ、食費が0だったときはバイト先のチーフに頭を下げてお願いして、1ヶ月前借りさせてもらいました。就活や卒業研究などで忙しくなり、母が望むだけの額を渡せなくなりました。母からくる連絡はお金をちょーだいという連絡のときだけで、私はお金を送ること自体が嫌だったのではなく、母にお金でしか見られていないことが嫌だと勇気を振り絞って伝えたのですが、母は私がお金を渡すこと自体が嫌だったと思ったようで、母に捨てられ、母とつながってる兄弟たちからも連絡を切られ、私は完全に一人になりました。母の言うことを全て笑顔できいて、ずっといい子でいれば、いつか母に愛してもらえるじゃないかって、その希望にしがみついて頑張ってきましたが、結局現実は永遠に母から愛されることはありませんでした。今まで私にとって母が全てでした。私はいくつかの精神病にかかりました。母から捨てられたことで、自分で自由にお金を使えるようになり、病院に通うようになりました。私は母にずっと禁止されていた父を探して連絡をとりました。父にはじめて会った時、今まで何もしてあげれなかったことを謝られました。父には新しい彼女がいました。最近初めて父の彼女に会いました。父は今の彼女にはお母さんのときとちがって毎日会ったり買い物やご飯も一緒にしていました。一人で大丈夫かなとずっと心配していたので、お父さんが彼女さんと幸せそうに並んでるのを見て、お父さんが幸せそうでよかったっと安心すると同時に、お母さんとは月に1日しか会ってなかったのに今の彼女さんとはたくさん会ってあげてて、毎日一緒に買い物にいったりご飯を食べたりしてるみたいで、なんでお母さんにはしてあげなかったの…ってすごい悲しい気持ちにもなってしまいました。

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