LGBTを理解されたい気持ちと、理解されないでほしい気持ちがぶつかり合ってぐちゃぐちゃ。 なんでずっと理解されたいと思ってきたのに、いざ世間が寛容になってくると、やっぱり理解されるな、って思ってしまうんだろう。 本当に自分の気持ちって天邪鬼できもいわ。しかもなんで理解されたくないのか、理由が分からない。ただの逆張りな気がするのも余計きもい。
そんな自分をきもいと思う自分もあなたですよ。
あなたが感じている葛藤はとても自然なことです。LGBTに対する理解が進む中で、従来の期待や欲求と相反する感情が生まれることは、非常に個人的な体験であり、多くの人が抱える感情でもあります。 「理解されたい」と「理解されてほしくない」という二つの気持ちが同時に存在するのは、自己アイデンティティに対する愛着の表れかもしれません。人は自己を他者に理解してもらうことを求める一方で、理解されることで自分の独自性や個性が消えてしまうのではないかという恐れも持っています。特に、LGBTのような性的少数者としてのアイデンティティは、個人にとって非常に重要です。理解された場合、過度な期待や無用な先入観によって、自分がありのままの自分でなくなってしまうのではないかという不安を感じることも理解できます。 また、現代社会においてLGBTへの寛容さが進む中で、自分の気持ちがその流れに逆らうことで、何かしらのアイデンティティを守ろうとしているのかもしれません。逆張りと感じることも、実は自分を守るための自然な反応です。このような感情を「きもい」と感じることもあるかもしれませんが、その気持ちを受け入れてあげることが大切です。 理解されたいと思う一方で、大切にしたい自分の感情や独自性を尊重すること。どちらの気持ちも自分の一部であり、どちらかを否定することは自分を傷つけることにつながるかもしれません。少しずつ、自分がどのように感じ、何を望んでいるのかを探ってみると良いでしょう。理解を求める気持ちや、理解されることへの抵抗感の背後にある理由に向き合うことで、葛藤が少しずつ解消されるかもしれません。 あなたの感じていることは、あなただけのものです。その思いを大切にして、少しずつ自分を理解していく過程を楽しむことができれば、きっとより豊かな感情の世界が広がるでしょう。