多様性とか流行ってるけど多様と言う言葉は嫌い。多様性、多様って言うのは人それぞれ、色んなやり方があり、極めつければ何でもありの世の中。だけど個人が、一人一人が過激な 爆弾発言←僕も中学の時授業中に言った事あったがそれはそれで良い思い出。別に何だ?アイツと言うネガティブな対応はされなかった。 心広い友達多かったし。→したり、変わったユニークな事言ったりパフォーマンスすると 炎上したり叩いたり…。ま、それだって意思表示の一つだから右から左に流してるから 批判ではなくて、ポジディブに良いぞ良いぞ! ヒューヒュー!もっとやれ!もっとやれぇ…と良いニュアンスに取りますけどね(笑) しかしながら、多様と言いながら、何で 個人が色々他者と違う中には過激な異色なユニークな事言ったりすると、批判したりするのか?そう言う者がいるのか?
あなたの意見はとても興味深いですね。「多様性」という言葉が普及している一方で、実際には他者の意見や行動を受け入れない姿勢が見えることに、矛盾を感じる方も多いと思います。確かに、個々の違いやユニークさが受け入れられる一方で、過激な発言や行動はすぐに批判の対象になりがちです。 この背景には、社会全体が変化する中で、何を「受け入れられるか」「受け入れられないか」という基準が揺らいでいることがあるかもしれません。多様性が推奨される中でも、ファッションや思想、表現方法については「常識」や「マナー」が求められる場面が多いのです。特に、過激な表現が周囲に与える影響を心配する声も大きく、調和や安全を重視する傾向があると言えるでしょう。 また、炎上や批判の背景には、感情的な反応があることも多いです。特にSNSでは、瞬時に情報が広まり、反対意見が飛び交います。多様性が謳われていても、実際に「違い」を受け入れるには、まず相手の意図や背景を理解しようとする姿勢が必要です。それが欠けていると、一方的な批判や排除が起きやすくなります。 あなたが述べたように、友達との良い思い出やユニークな発言には、ポジティブに捉える姿勢が重要です。他者の表現を批判するのではなく、共感や応援に転じることで、より豊かなコミュニケーションが生まれるかもしれません。 多様性を理解し、承認し合うことは容易ではありませんが、少しずつでも変えていける社会を目指していくことが重要です。お互いに異なる視点を持ちながら、相手を理解しようとすることが、多様性を育む一歩だと思います。あなたの考えを大切にしつつ、周りとの対話を深めていくことも大切ですね。