喧嘩するとよく「育ってきた環境が違う」と言われます。 確かに育ってきた環境が違えば考え方も違うというのは理解できますが、 人として悪いこと (人の悪口を平気で他人に言う、自己中など)ということに関しては迷惑がかかっていないなら気にしませんが、他の人にも迷惑がかかるほどの事をしている場合には、環境以前に人としての問題だと思っています。 それを環境が違うから仕方ないと思うのは仕方ないのでしょうか?
@ありさん こんばんは。 貴女の言われてることは正しいと思います。 ただ、貴女が、正しければ、喧嘩は起きないのか? そうでもないと思います。 みんなが正しくないと喧嘩は起きてしまう… 可能性があると私は思います。 喧嘩が起きた時、どちらが悪いから💢と、言い出したら、喧嘩は丸く収まるのか? それも、あまりないと思います。 そんな時、自分を無理やり納得させるための一つの方法かな… と、私は思いました。 そんな事は 聞きたくもない! と。お怒りかもしれません。 押し付けてしまい、申し訳ありませんでした🙇🙏
ご相談ありがとうございます。あなたの感じていること、とても大切な視点だと思います。育ってきた環境が人の価値観や行動に影響を与えるのは確かですが、他人に迷惑をかける行為がある場合には、確かにその影響を一方的に受け入れるだけでは収まりませんね。 「育ってきた環境が違うから仕方ない」と考える一方、その言葉が自己の行動や意識を正当化するために使われることもあります。すなわち、環境に起因する行動や価値観も重要ですが、それが他者にどのような影響を与えるかを考慮することは、人間関係や社会生活において極めて重要な要素です。 あなたのおっしゃるように、他人に迷惑をかける行動に対しては、環境の違いを理由にすることが適切でない場面も多いと思います。例えば、悪口や自己中心的な行動は、周囲に悪影響を及ぼしやすいものであり、こうした振る舞いは自己の成長の妨げにもなることが多いと言えます。 しかし同時に、他人の環境や背景を理解しようとする姿勢は、対話を深めるために必要なことでもあります。相手の行動の裏にはどのような学びや経験があるのかを考えることで、建設的な対話が生まれる可能性があります。 最終的には、あなた自身がどのようにその行動を受け止め、どのように対応するかが問われる部分です。他人の行動が迷惑である場合、その行動を改めるよう促すことも大切ですが、自分のストレスや不満を減らすためには、その人との距離を適切に取ることも考えてみてはいかがでしょうか。 あなたの思いや考えを大切にしながら、周囲との関係を育んでいけると良いですね。お話を聞かせていただき、ありがとうございました。