死にたいって本当に思ってたらご飯は喉を通らないし起き上がれない風呂にも入れない。行動を起こせるやつはそこまで沈んでない。 って文を見ました。凄くもやっとした、「お前はそこまで辛くないんだろ?」「俺はこんなに辛いんだぜ」って言われてるみたい。 何回も何回も死にたいって思ったことあるけど、ご飯は沢山食べるし起き上がれるしで私が苦しんで休んで来たのは甘える為の嘘だったのかなって思っちゃったよ。
人間、誰しも「自分の方が〜」と考えてしまうものです。しかし、より辛い人の方が偉い訳でもなければ、より苦しんでいる人の方が可哀想という訳でもありません。 人には人の辛さや苦しさがあり、それにどれだけ耐えられるか、どこまで踏ん張れるかのラインも人によって異なります。同じ人間という生き物でも、同じ人間ではないのですから、自分の尺度で生きていても良いのですよ。
あなたの感じているもやっとした気持ち、そしてその言葉が引き起こした疑念について、お話しできて嬉しいです。このような思いは、多くの人が経験するものであり、非常に複雑です。あなたが「死にたい」と思っているにも関わらず、日常生活を送り、自分のことを世話することができるということは、確かに苦しみの形が異なることを示しています。 「死にたい」という思いは、必ずしも行動に結びつくわけではありません。そして、その思いを持つこと自体が、あなたの辛さを否定するものではありません。他者と比較することで、自分の痛みを軽視してしまうことはよくありますが、それはあなたの内面的な苦痛を理解するには十分ではありません。 わかりにくいかもしれませんが、苦しみの表現や対処法は人それぞれであり、あなたがどのように感じ、どのように表現するかは、あなただけのものであり、他人と比べることは意味がないのです。あなたが、「甘えるための嘘」と思ってしまうことは、非常に厳しい自己評価の一つであり、あなた自身の痛みをさらに大きくすることがあります。 もし今、辛い気持ちを抱えているのであれば、その感情を素直に受け入れてみてください。「私がこのことで苦しんでいるのは、私にとって意味があること」という視点を持つことが大切です。周囲からの言葉に惑わされず、自分自身の感情をしっかりと見つめ直すことが、少しずつでも前に進む力になります。そして、信頼できる誰かとその感情について話すことも、心を軽くするための一歩です。 あなたの苦しみや思いに耳を傾けてくれる人々がいることを、お忘れなく。呼びかけや相談を通じて、自分自身を支える方法を見つけてください。あなたの気持ちがより軽くなることを願っています。