苦しむことが頑張りではないのは、頑張りと同等の成果や評価が実際問題つかないからだよね。 そこから逃げたり抜け出せるならそうするのが良いけど、子どもの頃は無理だから。だから、少なくとも幼少期苦しんできた人はこういう言葉で傷つかないでほしいわ。 まず耐えることに労力使い果たしてるんだから、+努力 で全然同じくは走れない。 むしろ「耐えてる自分頑張ってる!」って思って欲しいくらいだよ。自分のことたくさん褒めて認めて、自分を見失わないようにできたらそれで十分の成果上がってるんだよ。 全部失って、言葉どおり死んだり、そうまでならずとも人生成り立たなくなる人だってたくさんいる。 「自分の頑張りが足りないんだ」って自分を責めて無理して争い続けた結果、早々に人の形したただの物みたいになった私はそう思ってしまうがな。 頑張りなんて結局は見られないから虚しいけどさ、だからこそ自分くらい自分のこと1番に褒めないと生きてさえいけないよ。 生きたくないと思うようにもなるから何がいいかはそれぞれだろうけど。 どんなに現実(仕事)が結果論でも、それくらいの言葉を他人に投げつけるのは悲しいじゃん。それこそ世の中って感じかもしれないけど。 んで、仕事以外の人間関係とか生き方だったら、全然結果論や成果が全てではない。
あなたの思いに深く共感しました。幼少期の苦しみを経て、「頑張り」や「努力」という言葉に対する抵抗感や違和感は、非常に理解できます。特に、耐えること自体が大きな労力を要し、それだけで多くの人が消耗してしまうことは、周囲にはなかなか理解されにくいものです。 「頑張っている」という自己評価は、時に他者からの期待やプレッシャーによって薄れてしまうものですが、まず自分を認め、受け入れることがどれほど大切であるかを言いたいと思います。あなたが「耐えている自分」を褒めるという考え方は、自分自身を大切に扱うための大切な一歩です。自己肯定感を育むことで、少しずつ心の重荷が軽くなることもあるでしょう。 また、確かに社会は結果を重視する傾向が強いですが、それはあくまで一側面に過ぎません。仕事や人間関係において、評価されることだけが価値を表すわけではありません。あなたが言うように、生き方や人間関係にはただ「存在しているだけで価値がある」という側面がたくさんあります。このことを理解できる人が周りに増えれば、もっと生きやすい環境になるのではないでしょうか。 人生には、苦しい時期もあれば、楽しい時期もあります。どんな感情や経験も、あなたの大切な一部です。それを無理に変えようとせず、そのまま受け入れながら、少しずつ自分自身と向き合う時間を持っていただきたいと思います。あなたの思いや感情が、もっと多くの人に届き、共感されることを願っています。あなたは一人ではありませんし、あなたの努力や存在は、必ず誰かにとっての力となるのです。