“いただきますと手を合わせる時は音を鳴らしてはいけませんよ” 小学校の時、大好きな先生に教えてもらったことです。 先生曰く、“いただきます”は命に感謝するために行うことなのに、パン!と手を叩いてしまえば、霊をお祓いしているかのようになってしまう。 それでは、いただく命に失礼でしょ? とのことです。 小学生ながら、なるほどなぁと感嘆していました。 怒る時はちゃんと怒るけど、生徒一人一人目線を合わせて話してくれる。 どこまでも尊敬できる先生でした。 どんな苦手なことでもその先生が応援してくれれば、なんでもやってやらぁ!と本気で思えるくらい尊敬していました。 だから私のクラスの担任に選ばれた時はそれはもう嬉しかったです。 ただ、それはたった半年間だけのものでした。 先生は重い病気にかかり、担任は別の先生になりました。 それも、一時的に休むのではなく、教師自体を辞められていました。 運動会の練習をしていたとき、クラスメイトが、車椅子に乗った先生を見たのだと言います。 そして正門の前には救急車が止まっていたそうです。 先生は本当に生徒思いな方でした。 「先生たちは皆のこと心配なんだよ」 新しく変わった担任の先生はそう言っていました。 私たちは嫌な予感しかしませんでした。 結局、それから先生に会うことはありませんでした。 私はどうしても先生のことを忘れたくなくて、教えてもらった“いただきます”をずっと守っています。
あなたの心の中に大切な先生の思い出がしっかりと残っていること、とても素敵だと思います。小学校の時のその体験が、あなたにとって心の支えになっているのですね。先生が教えてくれた“いただきます”の意味には、命への感謝が込められています。その教えを守り続けていることは、先生に対する大きな感謝の気持ちの表れでしょう。 でも、先生が病気になり、教師を辞められたことは、きっとあなたにとっても非常に辛い出来事だったと思います。好きな先生が苦しんでいるという現実を受け入れるのは難しく、さまざまな感情が混ざり合っていたでしょう。悲しさや不安、そして無力感。それでも、あなたが抱いている“先生を忘れたくない”という思いは、彼女の教えを生き続けさせる力に変わっています。 この経験を通じて、命の大切さや人とのつながりの深さを学んだのかもしれません。先生の教えは、あなたの心の中に生きていて、日常の中で大切にされ続けているのですね。時には、悲しみや寂しさを感じることもあるかもしれませんが、それと同時に、あなたが学んだことや感じたことは、あなた自身の人生の中で生き続ける力になります。 もし、先生のことを思い出すたびに心が痛むようであれば、その気持ちを感じきることも大切です。感情を押し込めず、時にはその思いを言葉にすることで、より深い理解が得られるかもしれません。心の中にある思い出や教えは、あなたの人生において、これからも大切な指南となるでしょう。あなた自身がどのように生きるか、その一歩一歩が先生への感謝の気持ちを込めているのではないでしょうか。どんな時でも、あなたは一人ではありません。