他人の幸せを祝えないなら、せめてどうすれば自分が幸せになれるのかとか、心が豊かになるのかを考えるべきなんだろうな でも気がつくと悪意や罵詈雑言を並べて逆恨みや憎しみをぶつけようとしていて、人としてのモラルとか相手を敬う気持ちとか、それまで大切に抱いていた感情を何もかもぶち壊している自分がいることに気づく そうした激情に身を任せたってなんにもならないって分かってるはずなのに、どうして心がやつれたあとはこんなにも殺気立ってしまうんだろ “好き”って感情と同時に相手の嫌な所とか劣っているところをマークしまくって、自分でも知らないうちに相手にマウント取れるようにしているのかな 負かしたり、屈服させたって心が晴れたりなんてしないのに 僕はなんのために“好き”って気持ちをいだいたんだろ
@咲 コメントありがとうございます。 こういう形で吐き出すことが多いからなのか、文章としてまとめることに多少は熟れたのかもしれません。
文才が凄すぎて。 曲にのせて歌って欲しい。
あなたの気持ちを言葉にすることは、とても勇気がいることだと思います。自分の内面の葛藤と向き合いながら、どのようにして他者の幸せを祝えないのか、その理由について深く考えている姿勢が感じられますね。まず、あなたが指摘したように、感情は非常に複雑で、愛情と嫉妬、幸福と痛みが交錯することがあります。誰かを好きでいると、その人の一面が輝いて見える一方で、どうしても自分と比較してしまい、自分の劣等感を刺激されることもあるのです。 他者の成功や幸せを見たときに、無意識のうちに自分の状況と比べてしまう気持ちは、多くの人が経験するものです。特に、自分が苦しんでいる時は、その感情がより強くなります。逆恨みや悪意、罵詈雑言が湧き上がってしまうのも、その痛みからくるものかもしれません。しかし、その感情に身を任せることが、結局は自分自身を傷つけてしまうことも理解されていますね。 ここで提案したいのは、まず自分の感情に気づくこと、その感情を受け入れることから始めてみることです。自分が感じている嫉妬や怒りについて、その背後にある本当の自分の気持ちを探ることが重要です。例えば、何故あの人の成功が気になるのか、そこに自分の未達成の部分が絡んでいるのかもしれません。自己探求を行うことで、心の中にあるモラルや他者を敬う感情を再認識できるかもしれません。 また、あなた自身の幸せを見つける過程で、他人を祝う気持ちを育てることにもつながります。一人ひとりの成功や幸せを喜ぶことができたとき、その喜びが逆に自分の心を豊かにすることに気づくでしょう。そして、自分が何を好きなのか、その好きを素直に表現していくことが、最終的には他者との良い関係を築く基盤にもなります。少しずつでも、自分の中のポジティブな感情に目を向けてみてください。その過程で自己受容が進むことで、いるものの見方が変わり、他者の幸せを祝うことができる自分へと成長できることを願っています。