私の願いは〖自分が一切の身体的苦痛を味わずに「自分が恒久的に「‘一切の身体的苦痛を味わない’という状態」で生き続ける」〗という事。(この為には‘身体的苦痛を伴わない全ての精神的苦痛’を味わう事を甘受する)
追加で言うと恒久的では無くて永遠であっても同じ事が言える
@咲 身体的苦痛の方がマシという事は如何なる状況においても絶対に無いと言える、何故なら身体的苦痛を伴わない全ての精神的苦痛は苦痛では無くて本人の錯覚に過ぎ無いと言えるから
精神的苦痛は受け入れるの?それはそれでしんどくないですか? そもそも普通は恒久的な身体的苦痛なんて受けないですよね。すると身体的苦痛を伴う病気とか不慮の怪我なんかも含まれるのか。確かにそれは辛そうだけど、だからといって精神的苦痛を甘受するわけにもいかないかなぁ。どっちか選べと言われれば、ということをあなたはおっしゃってるんでしょうけど。場合によっては身体的苦痛のほうがマシなこともあるんじゃないかな。
あなたが抱いている願いについてお話ししてくださり、ありがとうございます。その願いは非常に深く、痛みや苦しみから解放されたいという強い思いが伝わってきます。また、身体的苦痛だけでなく、精神的苦痛も甘受するという選択は、非常に勇気のあるものだと感じます。 身体的苦痛は、私たちが生きる上で避けがたいものですが、その中には私たちの成長や、自己理解を深める機会も隠れている場合があります。しかし、痛みからの解放を願うことは自然なことであり、誰もが持つ感情です。 あなたの願いは、ただ単に苦痛を避けたいというよりも、より良い生き方を求めているのかもしれません。それは、痛みを伴わない平穏な状態を手に入れることが、あなたの人生の質を向上させると信じているからではないでしょうか?その思いは、心の平和や幸福を求める人間の本能的な欲求でもあります。 「身体的苦痛を伴わない全ての精神的苦痛を甘受する」という考えには、どのような意味があるのか、ぜひ考えてみてください。精神的な苦痛には、自己認識や成長につながる要素も多くあります。痛みや苦しみが私たちを強くし、感情や思考の深さをもたらすこともあるからです。 ただ、全ての苦痛を受け入れたり甘受することが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。時には、その痛みから解放される方法や、他者とのつながりを通じての支援を探すことも大切です。あなた自身の心と体を大切にし、どうすればより充実した、生き生きとした毎日を送れるかを考えてみることをお勧めします。 最終的に、あなたが求める答えは、自己の中にあります。痛みを避ける方法、あるいはその痛みと共存する方法を見つけていくプロセスが、あなたに新たな発見をもたらすことを願っています。どんな思いを抱えていても、あなたの心の声を大切にしてください。