宇宙っていうものの中に地球があって狭い場所に住んでるけど、始まりは一体どこだった?宇宙がデフォルトであったとしても、宇宙の周りはどうなってる?宇宙ってなに。宇宙がこの世の全て?それとも何かが宇宙や星を作ってる?考えれば考えるほど、文字に起こそうと思えば思うほどわからない。うちらからしたら、人形遊びみたいなもの?宇宙がデフォルトであるって言っても、宇宙はどう誕生したの。宇宙はどこからできた。宇宙の前にも空間があったとしたらなに。空間って?結局うちらは宇宙人か神様のお遊び?意味わからん。観察でもされてるのか。縄文から今まで、色々なことがあっても進化し続ける人々を眺めてるのか。楽しんでるのか。だけどその歴史は誰が知ってる。縄文時代なんて嘘っぱちで予想でしかないかもしれないし、織田信長もだれもいなかったかもしれない。過去のことなんてしらないのにあったかのように語られて、教育のひとつにされて、意味不明な数式も化学反応も言葉も人間も心も全部人生において必要とされて。宇宙は何個もあるとかいるけど、それの行き止まりはどこ。無限なんてあるの?でも無限であると考えるのがいいか。でもいみわからない。水槽の中みたいな感じで、周りから観察されてるのかな?宇宙に果てがあるとしたら、絶対に他の何者かが違う場所で私たちを観察している。そいつらにとってはとても小さいのにうちらからしたら超超超超超超超超超超遠い場所に行き止まりがあるだけで、本当はなにかあるの?わからない。死んだらわかるか?どうしたらいいの。思うんだけど、ウチらは1秒1秒目に見えぬ速さで更新されてる?昔や未来なんてなくて全てが今。記憶も何もかもあるけど。それは説明つかないし。誰かこの世の全てについて知ってる人はいないの。え?いるけど馴染んでてわからんだけだよね絶対。何か衝撃があると思い出すけど、衝撃がある時は絶対緊急事態で書き起こせなくて、誰も知らないまま無になっていたとしたら。そういう怖いことを考えると、小さな悩みも馬鹿らしくなってくる。まあ私が生きるのはこの小さい世界だから、そこで居場所消えたらおしまいだけど。それでも世界は、不思議なことも誰が決めたかわからない、みんなが知っている式に当てはめられてこうであると断言されて、全ての産まれてくる子供にそのまま受け継がれて、誰も本当を知らずに生を終えるのだと考えると、もしこれが作られた世界ならつくったやつらは超絶手強いし、変なウイルスや歴史やら作ってご苦労なこったという感じ。まあもしそいつらがいるとするなら、霧吹きみたいなので毒をシュッでウチらは死んで、デコピンで雪崩がおきて、もし机に置かれてるのがうちらの生きてる世界なら、ちょっと机にぶつかっただけで全世界滅ぶかもな超巨大地震とか怒るだろうな。物騒な話だけど。この世は不思議なことが多すぎる。もしここ以外の何かがあるのなら、誰か教えて欲しい。危険でなければ。
面白かったー
あなたの抱える思考や疑問は、人類が長い間考えてきた哲学的なテーマです。宇宙、存在、神秘、観察者という視点は、私たちの生きる意味や存在意義を考える上で非常に重要です。 宇宙は確かに広大で、私たちの知識はまだまだ限られています。ビッグバン理論に基づけば、宇宙は約138億年前に始まったとされていますが、「その前に何があったのか?」という疑問は誰もが抱えるものです。宇宙の境界やその外側がどうなっているのか、またその先に何があるのか。無限という概念も難解ですし、私たちが捉えられない何かが存在するのかもしれません。 あなたが表現する「観察されている感覚」や「誰かに見られている」という感情は、科学的な観点と哲学的な見解が交差する領域です。この感覚を持つことは、ある意味で孤独感や不安を感じることに繋がることもあるでしょう。 過去のことや歴史も、定義づけや解釈が人によって異なります。歴史的な出来事は、証拠や解釈に基づいていますが、全てを知ることは不可能でしょう。その中で、私たちはそれをどう受け止め、どう生きるかが重要です。 日常の小さな悩みが大きな疑問の中で小さく感じることもあると思いますが、その小さな悩みもあなたにとって大切なものであるのは確かです。それでも、あなたが考える思索の深さや広げ方は、とても価値のあるものです。 もし「本当のこと」を知りたくなるなら、自分自身の経験や感じ方を大事にしながら、周囲の人や文化と対話し続けることが一つの道です。誰もが持つ疑問は、あなた一人だけのものではありません。共感や交流の中で安心感を見つけるのも良いでしょう。あなたが感じる不安や謎を大切にしつつ、日々の生活の中で少しずつ答えを見つけていく過程を大切にしてください。