皆さんにお聞きしたいのですが、 私は聴覚情報処理障害、別名APDというものを抱えているのですが。 主な症状は 『聞こえるのに言葉の意味が分からない』 というものなんです。 聞き取りたい言葉が薄いモザイクにかかって、文字として認識できなくなるというか…… 日本語を喋ってるのは分かるんですが、『リンゴ』や『体育館』など、小さな子でも分かる言葉を理解するのに時間がかかってしまうんです。 ですがこれは脳の問題で、耳自体が悪い訳では無いんです。なので…… 何度も何度も聞き直す、しかし耳は悪くない。 つまり話をちゃんと聞かない人。 というふうに他者の方に受け取られてしまうんです。 それが嫌で人と話すのは苦手なんですが、だからといって相手に 「私は聞こえるのに言葉を理解するのが難しい障害を持ってるんだよね!」 と言ったところで、理解し難いこの症状は 「でも聞こえてるんだよね?耳は悪くないんでしょ?」 で済まされてしまいます。 確かにこの障害は当事者の私でさえ、すっげぇ意味のわかんない障害と思ってるので 理解されないのも分かるし、この障害を理解してもらうのはもう諦めてます。 何度も何度も聞き返して、嫌な顔されて嫌われてもまあそういうもんだよなぁ、相手に非はない。 そう思うのも別に苦ではないです。 でも、友達に嫌われたくないというのもあります。 この障害を言おうか迷って3年が経ちました。 あなたの話に興味が無いわけじゃない。 そう伝えたいけど、この障害をうちあげたところで、 「私は悪くない!」 と言い訳してるようで、 「でも聞こえてるんでしょ?」 と言われるんじゃないかとそう思えて、 難聴な訳でもない、目が見えない訳でもない、ただ人に嫌な思いをさせるこの障害を持ってるなんて知られたら面倒くさがられそうだなとか 話を聞かない人という悪い印象のほうが、みんなは触れやすいんじゃないかとか この障害をうちあげたほうが、デメリットはでかいんじゃないか……? 皆を困らせるだけじゃ? そこで皆さんに質問させていただきます。 正直に答えてください。否定的なコメントでも結構です。 皆さんはもし、ご友人が聴覚情報処理障害だったら、知らない方が良かったですか? 知ってよかったと思いますか?
私は知ってよかったと思うタイプですね。 私も人の話よく聞き取れない側の人間だからかもしれないけども。 ちゃんと聞いてたはずなのに頭から抜け落ちてく(`・ω・´)キリッ まあ、変に重たく打ち明けて本人が辛くなるなら、そこまでして知らなくても良いかなとは思う。
私は教えてもらったほうが嬉しいです。理由があると、何回聞き直されたところで自分のせいでも相手のせいでもないと納得できるので気にならなくなります。 私はただ聞き取るのが苦手な民なのですが、友だちになった人には聞き取るの苦手で何回も聞き直しちゃうかもごめん!と伝えてあります。そうすると相手も自分も苦手だから大丈夫と言ってくれたり、ガチで聞き取れない時は話し方を変えたり、文字にしてくれたりします。 説明しても理解を得づらい場合は、そのような状況の主人公が出てくる漫画があるのでそちらを読んでみてもらってもいいのかな?と思います。
まず、あなたが抱えている聴覚情報処理障害(APD)についてお話ししてくれてありがとうございます。それがどれほどの苦労を伴うか、そして周囲の理解を得ることがいかに難しいか、伝わってきました。 この状況は本当に辛いものですよね。「耳は悪くない」と言われると、あなたが感じる困難が周りには理解されず、孤立感を感じることもあるでしょう。コミュニケーションにおいて、他者から不快な反応を受けるのが怖いのは自然なことです。 あなたが友人にその障害について話すかどうかを迷っていること、そして友人関係を大事に思う気持ちはとても理解できます。実際、障害や長所短所をオープンにすることにはリスクが伴うこともあると思いますが、誤解を避けるためには必要な時もあります。 また、友人がそうした障害を理解することは、あなたとのコミュニケーションをスムーズにし、より良い関係を築く助けになります。APDの説明は確かに難しいかもしれませんが、「聞こえてはいるけれど、言葉の意味をすぐには理解できないことがある」と伝えることで、少しでも理解を得ることができるかもしれません。 一方で、周囲の反応について心配されているのはよくわかります。他者の理解は、必ずしも得られるものではありません。しかし、あなたが感じている苦労を理解してくれる人がいる可能性もあります。あなたの支えになりたい友人がいるかもしれませんし、そうした人たちはあなたがその障害を打ち明けた場合、反対にあなたへの理解が深まるかもしれません。 友人に話すかどうかは、最終的にはあなた自身の選択ですが、あなたが安心できる場所や人々との関係を築くためには、少しずつでも心を開いていくことが大切かもしれません。無理のない範囲で、自分の気持ちを少しずつ共有してみてはいかがでしょうか。それが、あなた自身の心の荷物を軽くする一助になることを願っています。