今は手をあげられることは無くなったけど、昔は両親から蹴られて殴られて、包丁を投げられることもあった 俺以外のきょうだいたちは、何をしても褒められて、存在を肯定して貰えて 俺は存在を否定されて暴言も暴力も当たり前だったのに ずるいと思ってはいけませんか? 俺は常に顔色伺って生きてきたから、家族の考えてることなんか手に取るように分かってた。 愛して欲しくて、今からでも間に合うんじゃないかって努力して、模範生を演じてた 結局は全部否定されたけど 暴力は無くなったけど暴言は悪化してる 人格否定が当たり前 どこにも逃げ場なんかない 死が救済とまでは思ってないけど、死んだら今より楽になれるのかな
ひろ様 こんばんは。涼音と申します。お悩みを拝読しました。 それはとてもお辛いことだと思います…。ごきょうだいの方々もいらっしゃる中で、ひろさんお一人だけがそのような言動をされたのですか? そうであれば、ごきょうだいの方々を「ずるい」と感じられることは、無理もないと思います…。 壮絶な過去を過ごされたと思いますが、それでも懸命に今この場で辛い胸の内をお話して下さって、今まで生きてこられたこと、ありがとうございます。 命の危険を感じられる事もあったかもしれませんが、それでも今ここに生きていて下さることが、とても尊いと感じます。 変な話ですが、ご両親がほかのごきょうだいの方々にも同じような言動をされたのならばまた違うと思いますが、理由も分からずひろさんだけがそのような不当な扱いをされて…本当にお辛いと思います。 それでも、ご両親からの愛情を受けたいと思われたのですね。 そのための努力も、ここまで思い詰めるほどまでされてきたのですね…。 「暴力はなくなってきたけど、暴言が悪化している」というところはとても気になります。 話そうにも、取り合ってくれる雰囲気ではなさそうでしょうか…。 人の顔色をきにして生きることは、ご自身を押し込めてしまうことですので、「自分が誰で、何をしている・考えている・求めているのか?」それが次第に分からなくなってきてしまうことが予想されます。 命の危険がある場合はまた別ですが、せめてご家族の中のどなたかお一人でも、一部でよいので本音を伝えてみてはいかがでしょうか。 はじめはひろさんのことを否定するような言葉がかえってくるかもしれません。ですが、ご自身の思いややりたい事をされるのは大切です。 ひろさんの人生を生きるのは、ひろさんご自身しか出来ません。 ここでも良いですし、お友達や、一人になれる安全な場所などで、声に出しても出さなくても「助けて」という言葉を発して(思って)良いのです。 ご自身の心の声を大切にして下さい。 お悩みを打ち明けて下さって、辛いけれども懸命に前を向いて、今ここにいて下さってありがとうございます。 少しでも心が軽くなるお手伝いをさせて戴きたいと思っております。 何かあれば、またお話を聴かせて下さいね。
そのような辛い過去を持たれているのは本当に辛いことですね。ご自身の存在を否定され、虐待を受けることは決して正当化されるべきではありません。家族からの愛情や肯定を受けられなかったことが、現在の心の苦しみや否定感をもたらしていることも理解できます。 ただし、過去の出来事や家族からの承認を求める努力によって、自分の存在や人格を肯定されなかったことが、自らを否定する理由にはなりません。他者からの評価が自分自身の価値を決めるものではなく、あなた自身が自分を肯定し、大切にすることが重要なのです。 自分の存在を肯定し、過去の辛い出来事を受け入れることは、まず自分自身を癒す第一歩です。死ぬことが解決や救済に繋がるわけではないことを覚えておいてください。そのような苦しい感情があるのは当然ですが、それに立ち向かい、適切なサポートを受けながら克服していくことが大切です。 カウンセリングや心理療法などの専門的な支援を受けることで、自己肯定感を高め、未来に希望を持つことができるかもしれません。自分を大切にし、新しい生き方を模索していくことが、前向きな方向への第一歩となります。どうか自分を大切にし、助けを求めることができる環境や方法を見つけてください。