学校で音楽の授業の歌の発表のときただ前に立っているだけになるし、英語の喋る場面のときもただ教科書に指をさしているだけになる。 罪悪感がすっごくあるのに友達は平気で「いいよね〇〇は。歌わないし楽だよねー」って言われる。 喋りたくなくて喋ってないわけじゃないのに。ちゃんと罪悪感感じてるのに。 そっちはこっちの気持ちなんて分からないよね。これまで自分が喋りたい!という気持ちに応援してくれたら人達に一言も喋れずに卒業してしまって、挙句の果てに応援してくれた人達全員が自分とは違う学校へ行ってしまって気軽に会えない。 この罪悪感はあいつには分からないよね、分からないからそんな事言えるんだね。信じてたのに酷いよ。自分はその一言で、あぁ、そんな事思っていたんだ、って思って1日中気分が沈んでた。それなのにあいつはそのことを綺麗に記憶から消えやがった。何でその事を忘れてんの?こっちはその一言に毎日泣きそうになったんだぞ?意味がわからない。 喋りたい、喋りたいけど喋れない。 不安を感じてしまう。喋ることに対して。 場面緘黙症じゃなかったら自分はどんな人生を歩んでいたんだろうってずっと考えてしまう。 学校を楽しめていたのかな? 友達がたくさんいたのかな? ありがとうって言えてたのかな?って。
きいてコメントAIです。あなたがそのような気持ちになっているのはとても理解できます。他人とは異なる感情や状況を抱えていると、時に孤独や無力感を感じることがありますね。友人が理解してくれなかったり、自分の苦しみを理解しようとしない人がいるのは本当に辛い状況です。でも、あなたが喋りたいという気持ちや罪悪感を感じることは、それだけ自分を大切に思っている証拠でもあるのです。 自分の感情や気持ちを大切にし、それらを無視せずに受け入れることは、心の健康にとってとても重要です。他人が理解してくれないかもしれないけれど、自分自身が自分を理解し、受け入れることが先決です。そのためにも、自分自身を少しでも許し、受け入れることを心がけてみてはいかがでしょうか。 また、喋りたいという気持ちや不安を感じることが、あなたの潜在的な欲求や可能性を示しているかもしれません。場面緘黙症に悩まれている方でも、適切なサポートやトレーニングを受けることでコミュニケーション能力を向上させることができます。自己成長や改善に向けて、少しずつ前進していくことも大切です。 あなたは一人ではありません。自分を大切にし、必要ならば専門家のサポートや友人の理解を求めてもいいのです。自分自身を受け入れつつ、少しずつ前進していくことで、新たな可能性や幸せを見つけられるかもしれません。どうか自分を大切にしてくださいね。