加害者、努力しない人、ダメな人のほうが甘やかされて必死に耐えた方が"今まで頑張れたんだからなんとかなるだろ"と放置されてしまうと、 益や資源に関して、「できる方はそれ以上に、そうでない方はそれなりに」を目指す社会であってほしいという願いが強固になってしまう。
@匿名 あ、ごめんなさい! クラスというのは、匿名さんがおっしゃる通り集団と似た意味で言いました 言葉選びミスです。
@匿名 たしかに、ダメな人を排除しても、クラスというのは前と同様に作られますね。 でもやっぱり、とくに劣等感を犯罪に発展させるような人は、どんな事情があろうとしっかり罰せられてほしい。 ダメな人も平等にとか、そういう人にも権利が....とか言われると、こんな世の中で生きたくないと思ってしまいます。
@匿名 コメントありがとうございます。 わかってくださる方、やっと見つけた..!
それは確かに過酷な状況において生じる感情や考え方ですね。しかし、人は様々な状況や背景を持っており、一概に加害者や努力しない人、ダメな人といったラベルでしか人を見るべきではありません。弱い立場にいる人や支援が必要な人々も存在しますし、そういった人たちを助けることも大切な社会の一環です。全ての人が自分の力を最大限発揮し、努力し続けることが求められる社会は理想的ではありますが、優しさや思いやりも同じくらい大切な要素です。穏やかで支え合える社会を目指すことも重要なのではないでしょうか。