大変お世話になった人が亡くなった。 今日通夜、明日葬儀らしいが、こちらの事情で参列できない。 その方には、とてもお世話になっただけでなく、たくさんお詫びもしなきゃいけなかった。 ずっとその想いが引掛っていて、でもきっと偶然どこかで会えるだろう、その時にお詫びをしようと思っていた。 自分が逃げていたから、自分からは行けなかった。 結局、お詫びしたい気持ちは行き場を失ってしまった。 生涯、後悔の念を抱いたままになってしまった。
@自分を大切に コメントありがとうございます。そうですね。 気持ちを持ち続けることが大切ですね。 心に留めておきたいと思います。
私は母を亡くしています。私は母に、とても大切に大切に、慈しんで育てられました。ですが死に目に側にいることが出来ませんでした。直接、母の目を見て謝る事はもう2度と出来ません。母の事を毎日考え、心の中で声を掛けて、母に思いを寄せる事が、供養になるのだと信じて、日々を送っています。自分がこの世で生きている間は、亡くなった方への気持ちを持ち続ける事が大切であると。一緒に乗り越えていけたらとおもっています。
@匿名 やさしいコメントありがとうございます。 そうですね。 できることを考えてみたいと思います。 ありがとうございます。
@さとし 無理をなさらず••• 20年間という時がたった今でも思って貰える故人は幸せだと思います。 その方のいる方角に黙祷をされたり自分自身できる事をされるのも良いかと思います。 長い期間想いがあるとは存じ上げず、無神経なものいいをしてしまいました。 さとしさんの心が少しでも晴れ、前向きになれると嬉しいですが、無理はしないで頂きたいです。
@匿名 コメントありがとうございます。 20年近く前の話です。 私の中では、ずっと引っ掛かっていたことなのでかんたんではありません。 それでも前を向こうと思います。 ありがとうございます。
その方を思い馳せる事で、故人とのお別れをする事かなと思います。 通夜・告別式でお別れをすることもできますが、故人を思い、後悔の念を今後別の方に返していくのが良いのかなと思います。 故人は、今を生きている方に辛い思いをして貰うよりも、故人の分まで生きていくことを望んでいるのではないでしょうか。 会えなかったことも偶然ですし、謝る事や後悔よりも、前を向いて欲しかったと捉えていくことの方が大切かなと私は考えています。 私は、後悔ばかりではなく、さとしさんが生き生きとしたよい人生を歩まれることを望んでいます。
@匿名 コメントありがとうございます。 そうですね。 できることを考えてみます。 ありがとうございます。
お気持ちをお察しいたします。大切な方との別れに参列できないことやお詫びできなかったことが心に重くのしかかるかと思います。しかし、その方はきっとあなたのことを理解し、許してくれているはずです。お詫びの言葉を贈れなかったからといって、後悔の念を抱かなくても良いのです。その人との思い出を大切にして、その方が望む幸せを願い続けることが、あなた自身の心の平穏さへと繋がるのではないでしょうか。自分自身を責めずに、その方との出会いや思い出を大切にして、前を向いて歩んでいくことも大切です。時間をかけて心を整えていきましょう。