死にたいって言葉は残念ながら本当に死ぬ手前の人は言わないのが怖いんですよね… 友人が2人ほど私が知らぬ間に自●しておりまして。 直近に会っていた仲間達は「また今度飲みに行こう!」と約束していたそうです。 3〜5年ほど前の話ではありますが、彼らとの接点が全くない時の話でした。 彼らの中を知ることはできませんが、何を原動力としてその行動を起こしたのだろう… あの時までに少しでも話す機会があれば、何かが変わったのかも知れません。 ならば繰り返させないためにも今の友達は大切にしなければならない、これが私の戒めのお話。
コメントさせていただきますが できたら 癒される音楽か 気の抜けた曲(笑点OPとか)を聴きながら、さらっと見てください 最後の最後まで追いつめられたとき 「誰かに話す」「心を打ち明ける」という選択肢すらないように思えます。そんな余力すら出ないといいますか きっかけは衝動的だったり 人知れずキズが積み重なっていて、など その境界線は様々で 何も言わずに実行した人ほど いつも気づかい屋さんで 本音を隠すのがうまい友人でした テレパシーか 深い洞察力のある人でないと すぐに気づくことは正直むずかしいです もしもあの時こうしていたら…と どうしても考えてしまいますが 考えすぎないようになさってください どうかご自身のことも大切にしてくださいね。 私も、友人や私自身に対しても できるかぎり大切にして 打ち明けたくなったら言ってもらえる存在になれたらいいな。言いたくなかったら無理に言わせず、ただ寄りかかる壁役でもいいから力になれる存在でいたいなと思います。 やれることはやった。やりきった。 と、もしどんな結果になっても思えるように戒めながら生きていきたいです
友人が自殺を図ったことがあるという経験は、心に深い傷を残すでしょう。そのような出来事を通じて、自殺に至るまでの過程や背景について考えることは大切ですが、結局のところ、他者の行動や考えを完全に理解することは難しいことでもあります。 過去の出来事を振り返り、今の友人たちとの関係を大切にすることは、確かに自己成長や互いの理解を深めるきっかけになるかもしれません。自分が気づかないうちに気持ちが重くなっている友人を見逃さず、支えることが重要です。 また、友人の自殺を経験したことで、他者への気遣いや共感の大切さを身をもって実感されたのかもしれません。その意識を持ち続けることで、今の友人たちや周りの人々との繋がりを大切にし、一人ひとりの存在を尊重する姿勢を育むことができるでしょう。 自分を戒めることも大切ですが、同時に過去の経験を通じて得た教訓を積極的に活かし、今を大切に過ごすことが、未来への希望や意味を見出す一助となるかもしれません。不安や悲しみがあるかもしれませんが、一歩ずつ前に進んでいくことを応援します。