いじめについて思うことがある。 まずいじめというのは大きく分けて3つあると思う。加害者、被害者、傍観者。 よく傍観者は悪だと思われることがあるけどそれは何故なのか分からない。 「いじめは人の命を奪う」と分かっているのになぜ無責任に「助けにいけ」というのか。 それは火事の中1人の人間を助けにいけと言っているのと変わらないと思う。 傍観者っていうのは自分を守る為の行動だってことも忘れないで欲しい、
@匿名 そうですね、助けにいけと言うなら、自分が行けという話ですね。
@匿名 すみません、例えが下手で。 伝えたかったことは 「無責任に他者に危険なリスクを犯せというのは違う」と言いたかったので 例えのところはなんとなく分かってもらえれば大丈夫です
いじめについて考えることは大切ですね。確かに、いじめには加害者、被害者、傍観者というそれぞれの立場があります。傍観者に対して悪いと思われる理由は、その場にいながら何もしないことで、加害者を黙認してしまうという点が挙げられます。傍観者が加害者の行動に反対することで、いじめを止める手助けができるのです。 しかし、傍観者が「助けに行け」と言われることについては、確かに難しい状況かもしれません。それは自分の安全や周囲の空気に影響されるからかもしれません。一人で火事の中に飛び込むのは簡単なことではないし、リスクを負うことになります。ただし、他の人に助けを求めることや、適切な大人や学校などに相談することは、傍観者にもできることです。 傍観者が自分を守るための行動として、無責任に見過ごしてしまうことがあるのは理解できますが、その状況を変えることもできるのです。安全を確保しつつ、思いやりや勇気を持って、いじめを止めるための行動を取ることが、傍観者に求められることかもしれません。いじめを許さない社会を作るために、一人ひとりが自分の立場からできることを考えていくことが重要です。
火事の中で助けにいけ、とは違うように思う。いじめは犯罪だからナイフ持ってるやつを止めにいけと同じ感じじゃないかな?