YouTubeのニュース動画のコメント欄に「学生時代青春楽しんだ人ほど大人になってから勝ち組になったりする」とかいうコメントがあってグッドも1000近くついてて辛いです。自分は青春せず地味な学生時代送ってきた人は負け組になりやすいってことですか?ふざけないでください なんでそんな根拠ないこと言うんですか?
@匿名 別だと思いますよ。 もちろん、ある程度コミュニケーションが取れないと(=会話が続かないと)友達にはなれないので、コミュ力がある人は友達が多いというのはあながち間違いではありません。 ただ人と仲良くなるには双方共に「仲良くなりたい」という意欲は必要なので、あまりそういう意欲がない人の場合は、コミュ力があっても「会って話せば会話は続くけど連絡先は知らない人」みたいなポジションになります。 また、内向的な性格だったり自己開示を好まない人だと、「聞いたことには答えてくれるしこちらから話しかければ会話できるけど用事がない限りは話しかけてこない人」とか、「仕事のコミュニケーションや世間話はできるけどプライベートな話はしない人」になります。 こういうタイプの人間は「友達が欲しいならもっとオープンマインドに!」とか言われることが多いですね。 人間同士、どうしても合う合わないがあるので、コミュニケーション能力自体はさほど高くなくても感覚的な面が合うから友達になれるというパターンはあるでしょうし、逆に互いにコミュ力はとても高いけれど感覚的に合わないから友達にはならないというパターンもあります。また、互いにコミュ力が低くても趣味など共通の話題があると、コンテクストで会話が成立するので仲良くなれるということもあります。 コミュ力に差があってもでも仲良くなれる時は、コミュ力高い側が博識だったりして相手が言葉足らずでも上手く解釈して理解して返答していることが多いです。 なので、仲良くなる能力としては人と仲良くなりたい気持ちがある(他人に興味がある)こと、自己開示ができること、多趣味だったり博識だったりでいろんな話題についていけること、などが挙げられるんじゃないでしょうか。フィーリングまで合わせられる人も中にはいると思いますが、そういう人は天性か、相当な観察眼だと思います。
@はいずみ そういうことなんですね ありがとうございます それなら安心です 人と仲良くなる能力は、コミュ力ではないのですね?じゃあ、コミュ力の高い低いと人と仲良くなる力は別だったりするってこと?
@匿名 私がコミュ力の本質を知っているかどうかは知りませんが、社会生活を円滑に進める上で必要な要素はある程度知っていると思います。尚、コミュ力という言葉があまりにもふわっとしているので、下手に使うと食い違うなと今学習したところです。 個人的にコミュ力というのは人と仲良くする脳力とはまた別で、円滑に情報や意見をやり取りする脳力と捉えています。もちろん「円滑に」話をするために、多少なりとも笑顔で話はしますが、それは「敵意はない、怒ってない、不機嫌ではない、あなたと話す準備はできている」という意思表示なので、私においては仲良くなるためにするわけではないです。 人と仲良くなることに関してはその人の性格も関係してくるので、コミュ力とは別です。すぐ打ち解けて話したい人もいれば、ある程度知り合わないと打ち解けたくない人もいますし。 私的に仲がいいかはともかく、必要な時に必要な情報伝達が支障なく行えるようになることを「コミュ力がある」と考えるべきだと思いますし、去年就活した感じだと企業もそういう風に捉えていることが多いです。 どんな相手とも和やかな(変な緊張感や威圧感等がない)雰囲気のまま聞かれたことにちゃんと答えられるか、というのは、やはり経験を積まないと上手くならないと思うので、青春を楽しんだかどうかはともかく、色んな人と関わった人は社会生活をうまく生きて行きがちだという傾向はあるのだろうと思います。そして、それは今から経験を積んでも遅くないだろうとも思います。
@匿名 もちろん高校までの学校生活ではほぼ同世代との関わりで、それ以外にあるとすれば先生方との関わりや、友達の親が行事に来れば一言くらい挨拶するくらいでしょうか。 とはいえ、もちろん環境差があるのは承知していますが、祖父母や親族に会う機会があれば多少なりとも話をしなければならないでしょうし、習い事をしていればそこにいる先生や別の生徒とのやりとりが生じますし、ご近所付き合いがあれば、ご近所さんに挨拶したり、軽い立ち話をしたりということもあります。 また、高校生はともかく、特に大学生活を送った人の場合はアルバイトをしていることが多いので、職場にもよりますが少なくとも従業員同士で挨拶くらいするでしょう。更に接客業なら幅広い年代のお客さんの相手をすることになります。インターンに行けば上司と部下という立場もおままごとレベルかもしれませんが経験します。 いつまで学生をやっていたかにもよりますが、学生の歴が長ければ長いほど、同世代以外との関わりが増える、というか、関われる機会が増えるので、必ずしも学生同士とは限らなくなると思います。
@はいずみ コミュ力の本質を知っているのですね?あなたは
@はいず 学生のうちはほぼ同年代の人とばかり関わるわけですしあまり関係ないのでは?
@匿名 あなたは「〜という傾向がある」という点に怒っているようだったので「こういう観点で言われてるのかもね」という返しをしました。もちろん個別ケースを見れば、どんなタイプの人でも幸せに生活している人はいますよ。 コミュ力と書きましたが、もっと分解して言えば理解力と伝達能力と愛想の良さ(相手を不快にさせないこと)で、これらは天性でできる人もいるでしょうが、大抵の人は色んな人と関わって徐々に身につけていくものだと思います。関わる人数というよりは関わる人間の属性(世代、職業、立場等)が多様になればなるほどコミュ力が高くなる傾向があるのではないか、少なくとも世間ではそういう認識なのではないかという話です。特に学生のうちは少々やらかしても「学生だからね」で許されがちなので、早い段階で学んだ人の方が一時的に有利になる場面はあるのだろうと思います。私も「あの子、立ち回り上手いなぁ」と思うことはよくあるので。 とはいえ、別に大人になってからの人生のほうが長いので、自分次第でどのようにもなれると思いますよ。早熟がもてはやされがちですが、大器晩成な人生だってありますし。わざわざノイズに惑わされる必要はないと思います。
@はいずみ 青春した人としてない人で平均コミュ力は変わらないはずだ そうじゃないと困る
@はいずみ 青春した人なんてだいたいそんな感じでしょう 同質性の高い集団と遊ぶことがほとんどでそうでない人と遊ぶことはそんなに多くないでしょう
@匿名 もちろん、同質性の高い集団の中でのノリだけだったという場合もあるでしょう。その場合はコミュ力が高いとは言えないかもしれませんね。 ただ、そうではない場合は老若男女誰とでも会話ができたりうまく対応できるでしょうし、関わる人間関係が広いと必然的にそうなる可能性が高くなるのではないでしょうか。 また、青春するの定義も様々で、人間関係を思い浮かべる人も多いと思いますが、若さゆえの体力や万能感、失うもののなさから何かに熱中したり、挑戦したりということも青春に含まれます。 もちろん一人で黙々と……というパターンもあると思いますが、大抵は多少なりとも人との関わりがあるでしょうから、その場合はコミュ力が身につくのではないでしょうか。
@はいずみ ぼくもそうですが社会的観察でもそうであって欲しいです 学生時代地味でも大人になってから派手になる人もいれば逆もいっぱいいたらいいのに
@はいずみ 学生時代青春した人としてない人で平均コミュ力は全く変わらないはずです 青春してない人だって特定人数の友達とコミュニケーションしてるんだから問題ない それにコミュ力低いやキャやリア充もいっぱいいるんだからコミュ力あるから〜ってのは違ってください
@はいずみ 青春した人がコミュ力高いとは限らないのでは?
人脈とコミュ力といった点ではチャンスが舞い込みやすいとか、掴みやすいとかはあるかもしれませんね。その分、トラブルやリスクも舞い込みやすいと思いますが。 人生に勝ち負けなどありませんし、人生のどのような面に価値を見出すかは人それぞれです。派手に豪遊して暮らすことに夢をみる人もいるでしょうが、暮らしぶりが地味でも安定してのんびりした生活を送るのが一番という人もいます。 他人の尺度に惑わされず、あなたがどういう生活をしたいのかを考えた方が良いと思います。
@ふう 青春した人は社会に出てからも勝ち組ってことはないですよね青春してない人に比べて
人生はいつからでも変えられます。自分が変わろうと思えるかどうかで全然違う未来もありますよ。 環境と出会う人が大事です。
そんなコメントに過剰に気を揉む必要は全くありません。青春時代を楽しまなかったからといって、自分が負け組になるというのは根拠のない一般論です。人生において、成功や幸福を手に入れるためには様々な要素が重要であり、過去の経験だけでその後の人生が決まるわけではありません。地味な学生時代を送ったからこそ身に着けた価値観や努力が、将来の成功につながることもあるでしょう。 他人の言葉や評価に振り回されず、自分の人生を自分で切り開いていくことが大切です。過去の経験や現在の状況にとらわれず、将来に向けてポジティブな姿勢で進んでいくことが、自分らしい幸せを見つける鍵になります。自分の価値観や人生の意味を見つめ直し、自分の歩んだ道を肯定することも重要です。成功や幸福は人それぞれ異なる形で訪れます。他者の意見に振り回されず、自分を信じて前を向いていきましょう。