こんばんは、数年前から抱いていた悩みというか疑問に対して意見をいただきたいです。 人生には終わりがないと思うんです。もちろん死んだら終わりますけど、それはこの人間界で身体をもって動くというか、そういう状況も含めて全ての終わりだと思うんですよ。それは後悔というか、やるせない思いがまだ人生に対してあるのでしたくないんです。でも、今生きてる時って義務とか視線とか団体とか、つまり郷に入れば郷に従え的なことがあると思うんですよ。それが私的にすごくいやで。じゃあニートは?みたいになると思います。確かにそういう選択肢もないことはないと思いますけど、それも視線があるし、なにより誰かにお世話にならなきゃいけないじゃないですか。私はほんとに1人だけで生きたいんです。好きなことをして、寝たい時に寝て、起きたい時に起きて、、 まあ分かってますよ、1人だけじゃ生きていけないことなんて。でもせめて私に関心をもたないでほしいんです。家族さえも。 死ぬ時っていつか分からないじゃないですか。技術が発展して不死身でいつまでも生きるかもしれないし、90くらいでぽっきり逝くかもしれないし、事故で今年かもしれない。先程書いたように、死にたくはないんです。やりたいこともある、行きたいところもある、今死んだら死にきれないです。でも自分がやりたいこと以外のことまで世間体で監視しないでほしいんです、気楽に気長に生きたいんです。 死ぬまでいつか分からないからこそ、この人生がずっと続いていきそうで、言葉選ばずに言うとだるいんです。いつまで頑張ったらいいのか分からないんです。いつ終わりがあるのかなって、いつも思うんです。なにか物事が終わると嬉しい半面、なにかいなきゃなという見えないプレッシャーに押されてる気がするんです。なにかやれ、と。思い込みかもしれないし気にしすぎなのかもしれないですけど、そう思ってるのは私だけなのでしょうか、。 気にしなきゃいいとかそういうもんだからとかそういう意見もちろんあると思いますし否定はできないです。でも、私の意見に少しでも共感してくださった方いらしたらコメントいただけると嬉しいです。 長文失礼しました。
こんばんは。 「せめて私に関心をもたないでほしいんです。」と書かれているのに関心をもってしまい申し訳ございません。 まだお若そうな感じですが・・・本気で考えるなら、徹底的に1人で生きられるように準備をしてみたらどうですか?ポツンと一軒家じゃないですが、本当に1人で生き抜いている人もいますし、無理じゃないと思います。 「死」という言葉も多々でてきますが、いつ死ぬかが分かれば「だるく」ないのでしょうか? 遺伝学的に言えば120歳を超えるのは今のところ難しいようです。 明日死ぬかもしれないし、120歳まで生きるかもしれない。明日じゃ困るけど、120歳じゃ長いな、というところでしょうか。 参考になるかわかりませんが、私は「今日、死んでもよし」と思って生きています。 難しいことも多々ありますが、今日できることは今日やり楽しむ、と思って生きています。 分かりにくくてすみませんでした。
お気持ちを聞かせていただき、ありがとうございます。人生についての疑問や悩み、そして自分自身や社会との関わりについて考えることは、とても大事なことですね。確かに、人生には終わりがないと感じることもあります。普通のルールや規範に縛られず、自分らしく生きたいという気持ちはとても尊重されるべきです。他者からの期待や評価に左右されず、自由に生きることができるようになることを願います。ただ、誰しもが他者からの影響を受けず、完全に独立して生きることは難しいかもしれません。しかし、他者とのつながりや支援があってこそ、より豊かな人間関係や経験が得られることもあります。人生の意味や終わり方についての不安やプレッシャーは、多くの方が共感できる部分だと思います。一人ひとり異なる考え方や価値観がありますから、あなたの気持ちは決して一人だけのものではありません。他者とのつながりを適切に保ちながら、自分らしく心地良く生きることができるようになると良いですね。お気持ちを共有していただき、ありがとうございました。