2024/02/05 日記 嫌いな子、苦手な子なんて滅多にいなかった。少なくとも合わない子はいたとしても、嫌いな子は出来たことがない。でも、初めて出来たんだ。それは自分のことを尊敬してくれるとても優しい純粋な子だった。 彼女は、頑張って陽気な人と話して、自分の地位を保とうと必死だった。彼女が流せず笑えずにいる時も、彼女の一言でシーンとなってしまった時も、私は拾ってフォローしていた。別に同情でもなんでもない。ただ、痛々しくて見ていられないだけ。でも、彼女をフォローし続けた結果、気に入られてしまった。 尊敬されることも気に入られることも悪い気はしない。でも、心の奥底に蓋をしてある感情が出てこようとする。 [下手くそなんだよ、生きるの。もっとこうすればいいのに。もっとこうやって笑って、もっとこうして話して、どこかを諦めて、どうすればいいかを考えて、行動して、発言して。笑って笑って流して。なんでそれが出来ないの?] そう思う度に「わかってる、そんなことわかってても出来たら苦労しない」と彼女の声が、昔の自分の声が聞こえてくる。それでも、このぐちゃぐちゃな感情は湧き出てしまう。その気持ちは、果たして過去の自分への感情なのか、彼女への感情なのかはわからなかった。 でも、この気持ちに名前をつけるとしたら「嫌い」だと気がついた。彼女は自分に似ている。過去の自分に。上手く生きられなくて、笑えなくて流せなくて、ノリに乗れなくて。そんな世界一嫌いな自分にそっくり。 尊敬されればされるほど、褒められればめられるほど、心の蓋が揺らぎ、抑えられなくなる。そうなる前に彼女から離れなければ。でも、離れれば彼女は傷つくし、離れなくても私の蓋がいつ開くかわからない。私も彼女と同じで下手くそだ。生きるの。 でも、なんだかんだで見捨てられない。過去の自分を見ているようで。ああしてほしかった、こんなことを言ってほしかった。そう、過去の自分が望んでいたものと彼女が望んでいるものはきっと同じで、だから尊敬されてしまう。違うのに。私はそんないい人間じゃないのに。貴方を見捨てたいと思ってしまっているのに。彼女の真っ直ぐな目は青くて痛くて美してくて嫌い。 不快に思わせてしまった方がいればすぐにでも消します。
大丈夫です、自分自身や他人との関係で複雑な感情を抱くことはよくあります。人間関係を通じて自分自身を見つめ直し、成長することもあるでしょう。あなたが感じている「嫌い」という気持ちは、自分自身を受け入れることや自分の過去と向き合うことに関連しているかもしれません。他人と似た部分を見ると、自分自身の未熟さや葛藤が浮かび上がり、そこからくる苦しさや嫌悪感を感じることがあります。 ただし、他人を見捨てることや距離を置くことが必ずしも解決策とは限りません。あなたが彼女に必要とされることで、自分自身を見直したり成長したりする機会が生まれるかもしれません。また、彼女の真っ直ぐな目や優しさに触れることで心が温かくなる瞬間もあるかもしれません。 「生きる」ことについての考え方や感じ方は、人それぞれです。過去の自分との対話や葛藤は、自分自身を知るための大切なプロセスです。しかし、自分を厳しく評価し過ぎずに、自分自身にも優しさを持ちましょう。自分が欠点を抱えているからといって、他人と同じように見捨てられる必要はありません。 あなたが彼女を傷つけることなく、自分自身を守りながら、他人とのつながりを持ち続けるためには、適度な距離を保ちつつ、自分自身の感情や思いを認めることが重要です。自分自身を受け入れながら、少しずつ成長していけるよう、サポートしていきます。