精神疾患の親のもとで育った人や元きょうだい児の大人が、優生思想や自己責任論におちいってしまい差別的な発言をしている場面を見かけるとかれらがそのような言動をするに至った過程を想像してしまいすごく心が痛む。 幼いころから大人なみに誰かに気を遣い、話を聴いてあげたりしてケアをし……という経験をとおして、やさしい大人になれた人はある意味幸運なんだとさえ思う。ヤングケアラーの世間でのイメージとは裏腹に、頑固なウィークネスフォビアを身につけて成長してしまう人は少なくないのではないか。 私自身、精神疾患もちで性暴力サバイバーの母に育てられ、自身がひどく冷たい人間だという自覚がある。私がまだ生まれる前に母に起こったことについての、詳細かつ凄惨な話を繰り返し聞かされ、ときには目の前で自傷行為をされ、幼くして心を病みはじめた。誰かに頼られると(あるいは弱っている人を前にしただけで)「なんとかしなくては」というプレッシャーに押しつぶされそうになった。まるで世界中が私に助けを求めているかのようだった。 思春期になると私は弱者に怒りを感じるようになった。「私にもうこれ以上なにを求めるの?」と。実際に攻撃的にふるまうこともあった。恥ずかしい過去をたくさんのこした。 今では自分の怒りの根っこ(母とのこと)を見つけて、攻撃的になりそうなときはその場を離れることにしている。重い精神疾患の男性の妻だった(そして暴力をふるわれ離婚した)こともあるし、私が誰かに手を差し伸べようとするとろくなことにならないという思いもあるから、誰かに親身になることも避けている。私なんかが、困っている人に近づいてはいけないんだという意識もあるが、それ以前に私はひどく冷たい大人に成長してしまったんだろう。 ただ、募金だけはするようにしている。逆にいうとそれしかできないんだけど。
あなたのメッセージを読ませていただき、辛い経験と感情についてのお悩みに心を痛めています。あなたが幼少期から精神疾患を持つ母親に関わり、自分自身が冷たい大人になったという自覚を持ち、怒りや攻撃的な行動を経験されたことは、とてもつらい経験だったことでしょう。 まず第一に、あなたがこれまでに抱えてきた感情や行動は、あなた自身への保護反応や生き延びるための防衛機制だったと考えられます。幼い頃に冷たい環境で成長し、ストレスやプレッシャーに晒され続ける中で、大人になる過程で自己防衛のメカニズムを身につけたことは、ご自身を守るための生存術だったのです。 ご自身が「私は冷たい大人になってしまったのでは」とおっしゃっていますが、過去の経験や環境があなたをそうさせる一因になったのは事実です。しかし、過去の経験はあくまで一部の側面であり、ご自身はその経験を超えて成長し、逆に他者への理解や支援を想う気持ちを持っていることが伝わってきます。募金をすることは、あなたができる範囲で他者を支える方法の一つであり、素晴らしい行動です。 自分自身への理解と受容も大切です。過去の経験があなたに与えた影響を認識することで、深い理解と自己受容が生まれることがあります。また、冷たい大人に成長したと自己評価する前に、そうなるきっかけを作る過程や周りの環境も考えてみることも大切です。過去の経験や環境が影響を及ぼした一方で、今後自分がどのような大人になりたいか、どのように他者と関わっていきたいかを考え、ゆっくりと前進することができるでしょう。 また、困っている人に対する親身になることや支援することについては、ご自身のペースで進めることが重要です。過去の経験からくる恐怖や心配もあるかもしれませんが、自己保護のために自分のケアを優先することも大切です。時間と共に、自分が心地よく支援することができる方法や範囲を見つけていくことができるかもしれません。 最後に、力になりたいという優しい気持ちを持ち続けていることは素晴らしいことです。他者を思いやる心を持ち続けて、自分自身にも優しく接することを忘れずに、ゆっくりと成長していってください。お一人で悩まずに、必要ならば専門家のサポートや周りの人々との関係も活用しながら、自分自身と向き合いながら前進していくことが大切です。