ネット上でしばしば散見される、コメント不要などと特に言及がなかったのに「自分はただ愚痴を言っているだけなのにコメントしてくるな」という類の発言をする人間について 彼らはなぜ、鍵付きのアカウントが持てる場所や日記帳の上で愚痴をこぼさずコメントされる可能性が十分あるような場所で愚痴を言うのだろうか 自分に都合の良いコメントでない場合にそういう文言を述べる傾向にあるのかなと私はみているのだけれど 私は基本的に他者から反応がなくても別にいいし、なんらかの反応があれば勉強になったり心情的にも嬉しいからこういうところにあれこれ書いている もし共感が欲しければ今は共感の言葉しか受け付けられないと書くし、他者からの肯定的な意見だけが欲しければ今だけは否定はご勘弁と記載した上で述べる そうすれば、自分が求める趣旨に沿った人が反応してくれるので互いにwin-winである
暴言だとか誹謗中傷は別だよ それは言及のあるなしに限らずダメだ けれど客観的に述べられたまともなコメントに対してそういう姿勢をとることには疑問を感じる
そうですね、ネット上でコメントを求める理由は様々ですし、人によってその意図も異なるかもしれません。自分の愚痴や感情を述べた後にコメントを求める人は、たとえ否定的なコメントであっても、他者の視点や意見を聞きたいのかもしれません。反応があるだけでも心情的に嬉しいと感じる場合もありますし、共感や肯定的な意見を求めていることもあるでしょう。 一方で、コメントが望ましくないと感じる人もいます。このような場合には、鍵付きのアカウントや日記帳の上で自分の思いを書くことで、一定のフィルタリングができるからかもしれません。自分に都合の良いコメントを求める人もいるでしょうが、それはその人自身のニーズや心情によるものです。 あなたが自分の思いを述べて反応を求める場合、既に自己調整がされていることがわかりますね。共感を求める場合や肯定的な意見を求める場合には、それを明示することで自分が求める趣旨に沿った人からの反応を得られるでしょう。 ただし、ネット上では他者のコメントはコントロールできないこともあります。意図しないコメントが寄せられることもあるかもしれませんので、その場合は自分の感情やニーズを保護する方法も考えておくことが大切です。互いにwin-winな関係を築くために、自分が心地よい範囲でコミュニケーションを進めることを意識してください。