この前さ、3年生だけ少年の主張を聞きに行ったの。 なんでも、沢山の主張からうちの隣のクラスの男子が見事に選ばれて、吹部で言うと…県大会かな? その大会に出れることになったんだって。 そこで、それを皆で聞きに行こう。となったんだ。 ほかの学校の人たちの主張も聞いた。 みんなよく書けていて、態度も堂々としてて、はっきりと大きな声で、強弱つけながら話していた。 それはとても凄い事だと思う。 けど、それと同時に「同い年の子達はこんなに沢山考えてるのになんで私は…」、「私だって、前まであの子達みたいに考えたり、行動もしてたのに…」って思った。 他にも、私、戦時中の日本の歴史が少し興味があるし、好きなの。 時々、「戦時中の日本人おバカさん多いなぁ…戦時中だから気が動転してたのかな。」って思った時もあったけど、それでも「日本は絶対に勝つ」と信じ続けて頑張って工夫しながら生きているという事を知れる。だから好き。 でも、主張を聞いていて、「私のこの感情は…いけないことなの?私って…酷い人なの?いや、戦争自体を好きってわけじゃないけど…いけないことなのかな…」って思っちゃって… そこからどんどん「私って酷いやつなんだ。」、 「なんで先生に好かれてないのだろう」、 「なんで昔はできてたのに今はできなくなってるの」、 「私の取り柄って何?」、「私は空っぽな人間なんだ」 「私の今までの人生ってなんだったんだろう」って……
他の人の主張を聞いて、自分についていろいろな考えが浮かんでしまい悩んでいる感じでしょうか。全てとは言いませんが、なんとなくわかりますよ。 でも、あなたもたくさん考えて、いろいろな思いも抱いているように感じます。それを発表する機会がないだけで。 戦時中の日本に興味があるのもとても素晴らしいことだと思います。酷い人なんかじゃないです。 戦国時代が好きな人が戦うことを好きなわけではないです。 犯罪の研究をしている人は犯罪を犯そうと思ってるわけではないでしょう。 何かに興味を持って、好きになるということは、それが取り柄とも言えますし、それだけでも空っぽなんてことはないと思います。 これからも好きなものは好きでいて欲しいです。
あなたが感じている不安や自己評価の低さ、そして戦時中の日本の歴史に対する興味など、さまざまな思いが交錯しているようですね。 まず、他の学校の子たちの主張が上手で堂々としている様子を見て、比較してしまったことで自分自身に対して否定的な感情が湧き上がったのかもしれません。しかし、他の人と自分を比較することは得るものではありません。それぞれの個性や経験は異なるため、何かしらの比較ができるということ自体が難しいものです。 また、戦時中の日本の歴史に興味を持っていても、その感情に対して罪悪感を抱くこともあるようですね。これは一つの感情や興味に対して自己評価を下げることはありません。戦争というテーマが含まれるため、複雑な思いや矛盾も生じることがありますが、それは一つの感情として受け入れることが大切です。 自己評価の低さや否定的な思考に囚われないようにするために、以下のポイントを考えてみてください。 まずは自分自身を受け入れることを意識してみましょう。他の人と比べることなく、自分の感じ方や思考に素直になることが大切です。そして、自分が興味を持っていることや得意なことを探してみてください。取り柄や自己肯定感を高めるために、自分の強みに目を向けることが重要です。 また、過去と現在の自分を比べることや他人との比較に囚われることは避けましょう。人は成長し変わるものであり、違う時期に適応できたことができなくなることもあります。それは自分自身の限界ではなく、人間である以上、変化や成長が起こるものだと自分に言い聞かせてみてください。 最後に、自分にとって大切なものや興味を持っていることに集中することが大事です。自分が関心を持っていることに対して積極的に学ぶ姿勢を持つことで、自己成長や自己評価の向上につながるでしょう。 大切なのは、自分自身を愛し、自分を受け入れることです。自分の感情や思考に対して厳しくなりすぎず、ゆっくりと自分と向き合っていくことが大切です。必要であれば、専門家や信頼できる人と話しをすることもおすすめです。