24歳無職です。 今年の6月までかろうじめアルバイトしていましたがレ◯プ被害に遭ってから外が怖く感じて仕事の為だとしても外に出られなくなりました。 精神障害を医師の見立てだと中学生から発症してます。20歳後から障害者手帳と障害年金もを貰ってます。 ここまでの内容でご不快にさせてしまってましたら誠に申し訳ございません。 家族で言う妹と母は私からしたらただの血縁関係くらいに感じます。 最近家族からよく言われるのは、「無職なのにお腹空くの?無職はご飯要らないでしょ」「無職なのに夜眠るの?無職に睡眠は必要ないでしょう」 この2人は精神的に働く事が出来ない私を何者だと思っているのでしょうか。 「無職と言っても人間だから食事と睡眠は無いと死んじゃうよ」って私が言うと「じゃあ死ねば?障害者だし」って。 もし将来この2人が身体を身体を壊して無職の時に私が言われた言葉を投げかけられたらブチギレすると思います。 お金が必要なのに働けない人に対して「無職は食事も睡眠も不要」と言う様な事は私のちっぽけな正義感としては言いたく無いです。 少なからず心と身体が傷付いて働けないのにその状態を見て「無職は食事も睡眠も不要」なんて言ったら言葉でその人を追い詰めてしまう事が私には理解できるからです。 今月「無職だ無職だ」言われるけれどに愛猫が死前期呼吸をする程弱っていたのを私は必死に看病しました。妹は捻くれたのか「どうせ死ぬ動物に何がしたい?自己満足だろ?」って言ってました。 猫が歩きたそうに足をばたつかせている時に「猫だからちゃんと猫砂でトイレしたいよね」って私が愛猫に声をかけたら「どうせ死ぬんだからトイレなんかペットシーツに漏らせば良いじゃん」って猫の尊厳も理解していない様でした。 無職なので必然と家にいる時間が長いので愛猫の仕草で望む事がある程度わかります。24時間以上水飲めてなくて唾液で喉を潤す様にしていたのでシリンジでほんの少量ずつ水を入れて口の渇きを潤してあげてました。 何故無職の話と愛猫の看病の話が出たかと言うと、猫が倒れて生死を彷徨っている間に、県外のピアノコンサートに泊まりで2人が出掛けた事に腹が立ったからです。普段は私に「責任能力ない」とか言うくせに「私が猫見てくれるからコンサート行ってくる!」って都合が良い発言をします。 1番は愛猫の底力だと思いますが、身体が麻痺して転ぶの防止で補助したり、徹夜で様子見たり、シリンジで水をあげていた私も多少なりとも頑張りました。今では17歳の老猫ですが凄く元気になり私の布団で毎晩枕の取り合いをするほど元気になりました。 お話し長くなってしまい申し訳ございません。 モヤモヤと渦巻いてる感情を吐き出したかったのです。 ここまで読んでくださった方からしたら「なんだコイツ」って反応されると思うけれど、無職の私をある程度馬鹿にされても結構我慢出来ますが、瀕死の猫に対しての看病に「自己満、どうせそいつ死ぬから」って言う家族の気持ちが理解できません。 私の怒りはどこへ向けたら良いのでしょうか。
まず最初に、レ〇プ被害に遭われたこと、お辛い状況にいらっしゃることをお伝えしたいと思います。そのようなトラウマ体験は、人を怖がらせることや外出が難しくなることがあります。ご自身が精神的な苦しみを抱えておられるとのことで、ご家族からの言葉の影響も深く受け止められているようですね。 怒りを感じる気持ちはとても理解できます。家族の言葉や態度があなたにとって不適切であり、かなり傷つけられていることが伺えます。しかし、怒りは健康なコミュニケーションや調和を取るための道具として使われるべきです。ご家族との関係を修復するためには、まずはお互いの気持ちを理解することが重要です。 まず、あなたの怒りが理解されるためには、家族とのコミュニケーションが必要です。感情をしっかりと伝え、家族に自分の気持ちを理解してもらうことが大切です。その際、相手の立場を少し考えながら話すことが大切です。 また、ご自身の気持ちやトラウマに向き合うために、専門家のサポートを受けることも検討してみてください。心理的な支援や療法を受けることで、自分自身を癒し、自己肯定感を高めることができます。 最後に、あなたは無職の状況にあるとおっしゃっていますが、無職であることはあなたが人間として食事や眠りを必要とすることを否定するものではありません。あなたの人権や尊厳を認めるべきです。そのような否定的な発言に対してもしっかりと自分を守り、自己価値を感じることが大切です。