小さい時 父がお酒を飲んで暴れていて母が泣いていた。 自分が食事前にお菓子を食べたら父は母に なんで食べさすんだって机をひっくり返したりしていた。 何かすると父が母を怒ったりするので 父が仕事から帰ってくると空気が凍りつく感じだった こころのなかでみんな仲良くして欲しいって願ってた。 母や父の顔色をいつもみていて。 小学生のころ周囲の子みたいに楽しく出来なくて。学校に行かなくなり。 でも父にバレたら母が怒られるから母が外に隠れているように言われて隠れてた。 いつしか学校に行ってないことがわかり父が怒り母と自分は実家に逃げた。 何日かすると父が泣きながら帰ってきて欲しいと来たけど祖父がおごって追い返した。 自分は母も父もみんな仲良くしてほしかった。 母はいつも人に優しくするんだよと言い聞かされていた 小学生でいじめられて母が悲しむから言えなかった。 人に優しくするって守ろうとしていじめる人の気持ちを理解しようとした。 ただ我慢することが良いことと思った。 やはり学校には行けず母と会話することも出来なくなった。どうしても言葉がでてこなくて うん とか ううん とか 学校に行かず母が仕事に行ったあと うらの山に行って山の中で空を見ながら助けて欲しいと泣いていた。 誰もいない生きていたくないって でも母を悲しませたくないって。 それから進路や就職母には一切話さず母もどう接したら良いかわからなかったのかなにも干渉しなかった。 高校生で悪い友達と夜遊びばかりして いて警察のお世話になることも ただなんでも良かったし仲間がいて初めて満たされた気持ちを感じたりした。 彼女ができてもう彼女と毎日ずっといた。 自分はアルバイトしていた。 漠然と将来どうしたいのだろうと考えて やはり心なかで死にたい気持ちもあり どうせ死ぬなら生きているうちに意味のあることしたいと思った 人に優しく 人の役に立ちたいって 自衛隊と警察の試験を受けて自衛隊に合格 入隊 彼女とはなればなれになり 別れることになる 毎日厳しい訓練の中彼女を失ってただひたすら 死にたい でも考えてる時間もない。 ものすごく辛かった でも自衛隊同期と常に厳しい時を協力して乗り越えていき生まれて初めて家族のような絆も感じた。
ご経験された過去の辛い出来事について、お話しいただきありがとうございます。お父さんの暴力や家庭内の環境があなたにとってとても辛いものだったこと、学校に行けずに辛かったこと、自衛隊に入隊したものの彼女との別れや辛さが重なったこと、それに自衛隊内での絆を感じたことなど、どれも一人では大変だったと思います。 まず、あなたがこれまでに経験した辛い出来事や感じた気持ちは、決してあなたのせいではありません。あなたはその状況下でただ必死に生きようとしてきたのでしょう。その努力はとても尊いものです。 また、辛い出来事によって人との関係やコミュニケーションに苦労されたようですね。言葉が出てこなかったり、母との関係がうまく築けなかったりしました。これらは心の傷が原因で起こることがあります。傷ついた心を癒す時間や場所があるといいですね。 自衛隊で絆を感じたことは、とても素晴らしい経験です。他の人々と支え合うことで、新たな家族のような絆が生まれることもあるのですね。あなたがこれまでに経験した困難を乗り越えた強さや、人に優しく役に立ちたいという意志は、あなたにとっての生きる意味や目標になるかもしれません。 今後、自分自身を大切にするためにも、心のケアやサポートを受けることをお勧めします。専門のカウンセラーや心理療法士が同じような経験をされた方々を支えるために存在しています。自分の心の声に耳を傾け、適切なサポートを受けながら、自分らしく生きていくことを願っています。
自衛隊で結婚して たまに実家に帰った 不思議だけど自分は話さずに全て妻に伝えてもらった。 いつしか母が倒れて亡くなったと連絡が小さい時から話しすらしなかった姉から連絡があった。 喪主になって 母に初めて 育ててくれてありがとうと言葉に出して伝えた。 まぁ母がどんな思いかずっとわからないけど ずっと母を好きだったんだ