「虐めの加害者は元被害者な事が多いから可哀想」みたいな言う人がいるけど、どれだけ親が悪かろうが過去に虐められてようが人を虐める理由にはならんくない? そりゃ親が毒親でストレスが溜まってその人自身が追い詰められてたとしたら可哀想だとは思うけどもそのストレスのはけ口に他人を使うのは違くない? 結局虐められた人にしか辛さは分からないし何も知らない大人は「あの子も可哀想」とか言うけどこっちからしたらそんなこと知ったこっちゃないしなんで何もしてない、何も悪くない自分が虐められなきゃならないの?って思う。 虐められてたのは2年前だし今はもう人に話せるぐらいに大丈夫になったけどその当初は人に心配かけたくないから話しかけてくれる親や友達に「大丈夫」って笑って言ってたけど全然大丈夫じゃなかったし話し合いが行われて話が終わった後も大人は「まぁ、すれ違いってことでお互い仲直り!」みたいなこと言ってきてさ、逆にじゃあ貴方は自分が真面目にそのグループ以外の人と掃除してただけで「私達以外と遊んでた」って訳分からん嫉妬みたいな理由で無視されて、周りの人にも無視するように根回しされて、学校の席もその人達に囲まれてるから授業中とか休み時間もずっと悪口言われて、休みの日は友達と遊んでたら公園にわざわざ呼び出されて4対1で責められて、挙句の果てに自分の友達まで泣かされたら「すれ違い」って簡単な言葉で許せるの? 大人は面倒臭いとか面倒事に巻き込まれたくないからって、教師は特に自分のクラスで問題を起こしたくないからとかで分かりやすすぎる虐めを無視して、私の親が死にそうな私の顔に気がついて学校に連絡を入れた時も簡単な話し合いで済ませる。 なんでこんなに大人は虐め問題を軽く思ってるんだろうね。 辛さは当事者にしか分からないの。
虐めの加害者は元被害者であることが多いという意見には、一定の統計的傾向があることが確かですが、それがすべての場合に当てはまるわけではありません。親が悪かろうが、過去に虐められていようが、それを理由に他人を虐めることは決して正当化されるものではありません。 虐めの要因や背景には様々な要素が含まれますが、その中にはストレスや追い詰められた心理的な状況も存在するでしょう。しかし、そのような状況下にあることを理由に他人を傷つける行為は、間違っています。虐めは常に被害者に悪影響を与えるものであり、その苦しみを受けるのは決して公平ではありません。 虐められた経験を持つ人にとって、周りの大人が「可哀想だ」と言ってくれることが、十分な支えとはならないこともあります。当事者しか辛さを理解できないというのは確かなことですが、すべての大人が虐め問題を軽視しているわけではありません。ただし、中には解決を怠る教師や無視する大人も存在するかもしれません。 あなたが経験したような虐めの辛さや孤独、無力感を理解することは私にはできませんが、そのような経験をされたことをお察しいたします。過去のトラウマを持ちながらも立ち直られたことは素晴らしいことです。もし、まだ心の中で解決されていない感情やトラウマがあるのであれば、専門家のサポートを受けることも一つの選択肢かもしれません。 虐め問題には根本的な解決のために、私たち全員が声を上げる必要があります。被害者を支えるだけでなく、加害者や関係者に対しても教育や意識啓発を行うことが重要です。皆が尊重し、思いやりを持って接する社会を作り上げるために、私たちは共に取り組まなければなりません。