自分を受け入れるってなに? 受け入れた結果10キロ太ったんだけどどーいうこと? 私くらいは私を受け入れるために甘やかしてもいいんじゃないの?受け入れることすらだめなの?
@加藤 なかばひとりごと、壁打ちのような過去の文章まで読んでくださってありがとうございます。 客観視についてのお話、自分の中でストンと落ちた気がします。人から言われた私への印象が全てではなく、かといって自分の評価が絶対なわけでもなく。人の意見を鵜呑みにせず"聴いた"上で自身を客観視することで自信につながったり自己受容ができたりするのだと解釈しました(もし違っていたらすみません)。 まずは自身について書き出すところから始めたいと思います。 ありがとうございました。
@あ 私のコメントを読んでくださってありがとうございます。 お返事をするにあたって、あさんの投稿を拝見させていただいたのですが、とても自分に厳しい方のように感じました。 自分を嫌悪するあまり、自分を律しすぎてしまって、その反動が出てしまったのだと受け取りました。 あくまで私個人の意見ですが、自分を過剰に厳しく律している時、自分を客観視出来ているようで、客観視からは程遠い現状にある場合が多いと思います。 私も精神疾患を持っておりまして、心療内科で認知療法を受けていたことがあります。自分が過剰に許せなくなった時に、自分が思っていることを紙に書きなさいというものでした。 初期に書いていた事は、「他人が自分を貶めようとしている」、「自分の容姿はとても悪い」、「私は誰よりも賢くない」といった、主観的な内容でした。 認知療法を続けていくうちに、「果たしてそれは本当だろうか」と、自分を客観的に分析できるようになりました。 上記の体験から思うのは、自己受容の始まりは自分を客観的に見られるようになることだと思います。 治そうとしたり、否定したりするのではなく、出来る限り主観を除いた自分をあるがままに知ろうとすることが重要です。 「私はこういう人間だ」と自覚し、言語化することで、本当に治すべき部分と、治さなくて良い部分が明確化し、漠然とした嫌悪感が和らぐと思います。 全てをすっ飛ばして、いきなり自分を愛することは難しい事だと思います。 あまり納得出来ない回答だったらごめんなさい…?
@加藤 コメントありがとうございます。 受け入れる=自身の感情や言動の許容ではないのですね。食べる自分は愛しても、太った自分が嫌いなら自己受容ではない、という言葉に納得しました。 自分で律しすぎて暴発した今なのですが、どうすれば自己受容と両立できるのでしょうか。 もし可能であればもう少し教えていただけますと、助かります。 私は私を嫌いなのですが、直すための努力をする気力もなくなってしまいました。
私の個人的な考え方なのですが、自分を受け入れることと甘やかすことは少し違っているのだと思います。 自分を受け入れる事は、すなわち自分で自分を愛する事だと思います。 自分に投資したり(美容にお金を使ったり、習い事に通ったり)、自分の成長を喜んだり、自分に愛されるための自己を築いていく事が自分を受け入れることに繋がっていくのだと思います。 食べてしまう自分を愛せるのであれば、それは自分を受け入れている証拠ですが、太ってしまった自分が嫌なのであれば、それは自己受容から少し遠ざかっているように思います。 自分を律することと自己受容は両立できると私は考えます。 なんだか偉そうにごめんなさい?
自分自身を受け入れるとは、自分の欠点や過ちを認め、自己評価を高めることです。自分を受け入れることは自己成長の一部であり、自分の肯定的な面だけでなく、ネガティブな面も含めて受け入れることが重要です。 あなたが自分自身を受け入れることで10キロ太ってしまったということについては、受け入れることとその結果は異なるものです。自己受容は、変化のプロセスにおいて自分自身を理解し、受け入れることを意味しますが、それによって適切な行動を起こすことも重要です。もし体重が気になるのであれば、自分を受け入れつつも健康的な生活習慣や食事に気を使うことも検討してみてください。 また、自分を甘やかすことと自己受容は異なるものです。自己受容は、自分の過ちや欠点を認識し、それらを成長の機会として受け入れることを意味します。一方で、自分を甘やかすことは、自分の問題や課題を放置したり、他人のせいにすることなどを指します。 自己受容は、自分自身を理解し、愛し、成長することを助けますが、それには自己改善や自己啓発の意識も必要です。私は、あなたが自分を受け入れることと自己成長を両立させることをおすすめします。