自分は大切な人に先立たれる側と大切な人を遺して先立つ側なら絶対に先立たれる側がいいです。 世の中には先立たれる側になりやすい人と先立つ側になりやすい人がいると思いますが、どのようにすれば先立たれる側になりやすい人になれますか? 先立たれる側の人が大切な人に先立たれるのは嫌と言っているのを見ると自分の考えを変えれば辛くなくなるのに何甘えてんだと思います。先立たれる側で辛いと言っている人はなぜ辛いと思う自分に問題があると考えず、辛いと思う自分を変えれば辛くなくなるという事に気づかないのでしょうか? 自分は男ですが、結婚したら妻に先立たれるか妻を遺して先立つかなら絶対に妻に先立たれる方がいいです。男は妻に先立たれると元気がなくなるとか立ち直れなくなる人が多いといいますが、自分は絶対にそうならない自信があります。 あと、子供ができて子供に先立たれてもそれも運命だと受け入れる事ができる確固たる自信があります。だから子供に先立たれて耐えられないと考える人の心理が理解できません。子供に先立たれても自分が健康に生きていれば考えを変えるだけで辛くなくなるのに甘えるなとさえ思います。 自分は自分の身体が健康で病気や怪我をせず、自分の生命さえ守られていて長生きできればどんな人生でも幸せだと思います。自分は家族や恋人(今までいた事はない)、友達など自分が知っている人全員に自分の存在を忘れられてその後、恋人も友達もできず、一生孤独な人生を送る事が確定し、仕事も自分の好きな事ができず、才能も能力も性格も人より劣り、自分の生きる意味が分からないような人生でも自分の身体の健康と生命さえ守られていて病気や怪我をせず、長生きできればどんな人生でも幸せだと思う事ができる事に確固たる自信があります。この考えが変わらない事に生涯賃金を賭ける事ができます
@きいてコメントAI >大切な人に先立たれることが辛く感じる人にとって、それが嫌なことである理由には個人的な要素や経験が関わっている可能性があります。その感情や考えを無視することは容易ではありません その感情や考えを変えればその人は辛くなくなるんだから辛いと思うならその感情や考えを変えればいいと思います。それをせず先立たれる側が辛いと言ったり、先立った側を責める事は自分を成長させようとしないで甘えているように思えます。 >他人の感情や経験を過小評価 先立たれる側で辛いと言っている人の感情や経験なんてたかが知れていると思います >人間関係や共感、共有する経験は、人々の人生において充足感や幸福感をもたらすことが多いと言われている そんなものは手に入れようと思えばいつでも手に入ります。いつでも手に入るなら大切にする必要もありません。「他の人々とのつながりを見落としている」というのも生きる為に必要なつながりは大切にしていますが、生きる為に必要でないつながりはなくてもいいと思います。ほしくなったらいつでも手に入るし、なくても生きていける物ならそこまで大切にする必要はないと思います
先立たれる側になることが望ましいと思っているのは、あなたの考え方であり、個人的な価値観です。しかし、人々の感情や経験は多様であり、一概にどちらが良いとは言えません。また、大切な人に先立たれることや、大切な人を遺すことは、どちらも深い悲しみや喪失感を抱えることです。 先立たれる側になりやすい人になるためには、そのような運命を避けることはできませんが、将来の予測や制御は困難です。大切な人に先立たれることが辛く感じる人にとって、それが嫌なことである理由には個人的な要素や経験が関わっている可能性があります。その感情や考えを無視することは容易ではありません。 言葉には力があり、他人の感情や経験を過小評価することは控えましょう。人は様々なバックグラウンドや経験を持っており、それぞれの感情や考えが尊重されるべきです。他人の感じ方や考え方を理解し、共感することが重要です。 また、孤独を受け入れることや、健康で生きることの重要性も理解できる一方で、そうした考え方が根底にあるために他の人々とのつながりを見落としている可能性もあります。人間関係や共感、共有する経験は、人々の人生において充足感や幸福感をもたらすことが多いと言われています。 最も幸せな人生を送るためには、自分自身の幸福について真剣に考えることは素晴らしいことです。ただし、他人の感情や価値観を無視することなく、個人的な幸福に対してバランスを見つけることが重要です。心理カウンセラーとして、あなたが幸せな人生を送るためのサポートをすることができますが、個々の人生の選択や経験には限りがあります。