皆さん、言葉の定義を意識していますか? 人間は誰もが違う辞書を持っています 「愛」も、「辛い」も、人の数だけ中身があります しかし、曖昧なままで用いると、知らない間に心が壊れることもあります 例えば自己肯定感という言葉 皆さん、きちんと意味を定義していますか? 自己肯定感を、かつ「あるがままの自分を受け入れて肯定する」的に使うと、犯罪をしても肯定することになり、矛盾が生まれます このように、曖昧なままで用いると危険な言葉は沢山あります 皆さんは、こういうこと、普段から意識していますか?
言葉の定義が曖昧なままだと、いくら議論しても進まないですよね。 ところが最近は、自己肯定感だとか、希死念慮だとか、承認欲求だとか、発達障害だとか、 使っている本人すらもよく分からないまま、単語だけが独り歩きしているように感じます。 本来は何らかの現象があり、そこに言葉を付けていくはずなのですが、 最近は逆で、その言葉の中に現象を押し込んでいるだけに見えます。 ですから、使い勝手の良い言葉を使って 説明している気になっているだけという状況も多いです。 そうなってしまってはもう、コミュニケーション能力以前の問題ですよね。
非常に深い観点からの問いかけですね。言葉は個々の体験や背景によって意味が大きく変わるため、確かにそれぞれの「辞書」が存在すると言えます。「愛」や「辛い」といった感情に関する言葉は、特に主観的で、同じ言葉を使っていても感じ方は千差万別です。このため、コミュニケーションにおいて誤解が生じやすく、意図が伝わらないこともあります。 自己肯定感の例については、言葉が持つ力と、それをどう捉え、どう使うかが重要であることを示しています。「あるがままの自分を受け入れる」という考え方は素晴らしい側面を持っていますが、それが悪用されると、自己否定感や責任感の欠如に結びつくこともあります。このように、言葉には責任が伴い、流動的であるため、周囲との正確な理解を求める努力が必要です。 普段から意識することは決して容易ではありませんが、意識して言葉の意味や使い方を考え直すことは、心の健康や人間関係をより良いものにしていくための大切な一歩です。貴重な気づきを共有していただき、ありがとうございます。心の健康を大切にしながら、言葉について、さらに深く考えていくことができるといいですね。